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第2話「イノベーション」対「進歩」

楠木建の「経営知になる考え方」

「イノベーション」と「進歩」は方向性が全く違う

誰もが「いまこそイノベーションを!」という今日この頃、まったくその通りだ。ただし、である。そういうことを声高に叫んでいる人ほど、かえってイノベーションから遠ざかってしまうという皮肉な逆説があるように思う。その理由は非常に単純な誤解にある。

結論から言えば、イノベーションは「進歩」(progress)ではない。イノベーションと進歩は異なる現象である。それ以上に重要なこととして、両者はまったく逆を向いている。進歩とイノベーションを明確に区別するだけで、イノベーションを巡る悲喜劇の8割は解決するのではないか。

 

イノベーションの本質は「非連続性」

 進歩は人間社会にが古くからある概念だ。これに対して、イノベーションはずっと新しい概念だ。進歩という概念で説明できない現象を捉えるために、たかだか100年ほど前にイノベーションという新しい概念と言葉が誕生した。要するに「単純な進歩ではないよ」ということが言いたくてわざわざイノベーションという概念が出てきたのである。にもかかわらず、今日議論されている「イノベーション」のほとんどは「進歩」に言及しているように見える。この混同が諸悪の根源になっている。

 進歩とイノベーションの違いはどこにあるのか。イノベーションの概念を経済的な文脈で議論した最初の一人が経済学者のシュンペーターだ。彼の定義によれば、イノベーションの本質は「非連続性」にある。これに対して、進歩は連続的な現象だ。ここにイノベーションと進歩の本質的な違いがある。

 例えばスマートフォンが薄くなって軽くなって長持ちしてキレイになった。これは「進歩」だ。それがどんなに飛躍的な変化であってとしても、顧客が認識する価値の次元が連続していればそれは進歩の範疇になる。一方のイノベーションの「非連続性」とは何か。ドラッカーの定義が実にシンプルで的確だ。イノベーションとは「顧客が認識する価値の次元自体が変わること」である。

 イノベーションといってもその範囲は広いのだが、分かりやすい例として商品のイノベーションで考えてみよう。古い話になるが、ソニーのウォークマンは日本発のイノベーションの代表的な事例だ。このイノベーションの本質は、既存の価値次元の上で、商品がさらに「良く」なったということではない。

 ウォークマンという商品そのものは小型のカセットテープの再生装置。カセットテープの再生装置に対して、従来から顧客は「音質」を求めていた。ウォークマンは、それまでの(上等な)再生装置と比べて音質が良くなったわけではない。そもそもスピーカーもついていないし、録音機能もない。従来の価値次元の連続上でいえば、ウォークマンは進歩どころか「退歩」しているといってもよい。

 

これからのイノベーションは「三密禁止」から

 しかし、ウォークマンはそれまでの音楽の楽しみ方を一変させた。人間が再生装置の前に腰を据えて聴くのではなく、音楽が移動する人間についてくる。音楽鑑賞を物理的な制約から解放する。ここにイノベーション、すなわち非連続性の本質があった。

 進歩を追求するというマネジメントはことごとくイノベーションを破壊する方向に働く。ある企業の方と話していたときに「今月中にイノベーション案件5個持ってこい」というような檄を飛ばしているという話を聞いた。悪い冗談としか思えない。イノベーションは「頑張る」ものではない。

 提供する商品やサービスの価値次元は、組織内部の人々の「価値基準」と裏腹の関係にある。その組織の人々にとって何が「良い」ことなのか。どんな組織にも共有されている価値基準がある。あっさりいえばその企業の「文化」だ。組織で共有されている「良いこと」。それに向けた努力から生まれるのは進歩である。いまその組織の人々が「良い」と思って「頑張っていること」の先にはイノベーションはない。

 イノベーションの本質が価値次元の転換にあるとしたら、その実現のためには組織的な価値基準を変えることが不可欠になる。しかしこれは容易ではない。そう簡単に変えることができないのが「文化」だからだ。丸ごとすぐに変えることはほとんど不可能といってよい。

 ではどうしたらよいか。まずは、イノベーションを起こそうという人々を既存の組織の価値基準から隔離してあげることだ。三密禁止。これがイノベーションの第一歩である。

 

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