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マネジメント

人の心を取り込む術(9) 気前のよさ(カエサル)

指導者たる者かくあるべし

 女たらしのコツ

 古代ローマの政治家にして軍略家であるユリウス・カエサルの偉大なる事績と悲惨な最後についてはよくご存知のことと思うが、意外と知られていないのが彼の〈人たらし〉ならぬ見事なまでの〈女たらし〉の側面だ。カエサルは生涯に三度結婚しているが、ローマの上流階級の女性たちはだれもが彼と関係を持ちたがった。一説によれば上層貴族階級からなる元老院議員の妻たちの三分の一を寝とったというから凄まじい。
 よほどの二枚目かというと、そうではないようだ。中背の痩せ型で若いころから額は禿げあがっていた。彼が司令官として外征から凱旋してきたときには、部下の兵士たちが親しみを込めて、「市民たちよ、女房を隠せ、ハゲの女たらしが帰ってきたぞ」と叫びながら入城したという。
 ここまでやると、スキャンダルが持ち上がり政治家としての道を断たれそうなものだ。しかしそれが逆に彼の人気を高める。なぜなら彼は愛人たちの面倒を一生見て、恨まれることがなかったからである。カエサルは関係をもった女たちにこまめに贈り物もした。市内に豪邸が立つほどの財を貢ぐ。それで女たちからは恨まれるどころか、「カエサルは素晴らしい男だ」と前向きの評判が立つ。
 気前のよさと気遣いがローマ中の女たちの心を虜にした。ファンとしてカエサルの政治闘争を支える。

 借金の天才

 カエサルが心をつかんだのは、女たちだけではなかった。市民たちの心も鷲掴みにした。ローマ市の按擦官(市民生活担当官)だった時には、祝祭日の奉祝行事に湯水のごとく金を注ぎ込んだ。国庫のゆるす限りというのは常人の発想だが、彼は自分の財布から金の糸目をつけずに注ぎ込んだ。市民に人気の剣闘士競技会を催すと、私財を投じて剣闘士の甲冑と武器を銀で飾り立てた。折々にパーティを開いて市民を招きご馳走を振る舞う。
 特段の資産家でもないのに、どこからそんな金が湧いてきたのか。彼は借金の天才だったといわれている。39歳の時のこと。カエサルは属州のスペインへ知事として赴任することになった。出発が近づくと債権者が山のように押しかけてきて、彼の出発を妨害しようとした。そこで彼はローマ一の富豪貴族であるクラッススにすがりついて、返済の保証を取り付けている。クラッススは政敵ポンペイウスとの闘争にカエサルの人気を利用したかった。カエサルは本能的に、「彼なら無下には断れない」ことを知っていて利用する。
 属州知事としてカエサルは現地人の負債を減らす仁政を敷き住民たちを手なづけて見返りの贈与を受け、それを自らの借金の返済に当てた。ここでも〈人たらしの才〉を発揮するのだ。

 真爛漫

 カエサルは、よくも悪しくも人の心を動かす金の力を熟知していた。しかし彼は決して私腹を肥やそうとはしなかった。例えば、属州総督として赴いたガリア(フランス)との戦いで、現地で没収した財貨は、惜しみなく部下に分け与えた。
 また、ガリアから引き上げて、政敵ポンペイウスとの最終決戦を遂行中に兵士への給与が滞り兵の戦意が落ちると、カエサルは、大隊長や百人隊長らから金を借り、兵士たち全員にボーナスとして配った。
 兵士たちは、カエサルのパフォーマンスの裏と彼の野望を見抜いている。だが、常に戦いの先頭に立って生死を共にしてきたボスに、ここまでされれば、「この男のために一肌脱ごうじゃないか」となるのが人情だ。
 女たちの心を惹きつけてやまなかった力学がここでも働く。
 旧態依然とした上流貴族層による元老院政治の限界を突破して改革を志向したカエサルは、その天真爛漫なまでの気前のよさで前線の兵士たちの心を掌握し、平民層の支持を基盤に、終身独裁官の地位に上り詰める。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『プルタルコス英雄伝 下』村川堅太郎編 ちくま学芸文庫
『ローマの歴史』I・モンタネッリ著 藤沢道郎訳 中公文庫
『カエサル』長谷川博隆著 講談社学術文庫

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