■洞窟から湧き出す「走り湯」
道後温泉、有馬温泉とともに「日本三大古泉」と称される名湯が、熱海温泉のすぐ近くに湧いているのを知っている人は、あまりいないかもしれない。
熱海駅から1キロほど北東の海岸線に湧く伊豆山温泉は、1300年以上前の万葉の時代から湧き続けている歴史ある温泉地だが、いまでは熱海温泉の一部として紹介されることも多い。現在、7軒の宿が営業している温泉街は、ひっそりとしていて華やかさもないからあまり注目されないのもしかたない。
賑やかなリゾート地である熱海温泉もいいが、温泉そのもののパワーを感じたければ伊豆山温泉にも足を延ばしたい。
とくに、海岸近くの洞窟から源泉が湧出する「走り湯」は、古くから「神の湯」として信仰されてきた温泉。昔は湯滝になり、文字どおり、海岸に飛ぶように走り落ちていたというから、当時の人がその光景に神々しさを感じとったのは、ごくごく自然なことだったのだろう。
現在も70℃の湯が毎分180リットルも湧き出しており、その洞窟内を見学することができる。
奥行き5メートルの横穴の中は、湯気がもうもうとたちこめて奥まで視界がきかないほど。まるでサウナのような熱気で、たちまちメガネがくもってしまう。足元に気をつけて慎重に歩を進めると、温泉がボコッボコッと激しく音をたてる湧出口が姿をあらわす。あまりの荒々しさに畏怖の念を抱いてしまうほどだ。
■地元の人が通う「普段着の湯」
それでも温泉を見ると、その湯に浸かりたくなるのが温泉好きの性(さが)。やけどをしかねない泉温なので、さすがに源泉に直接触れることはできなかったが、走り湯と同じ源泉を使用している入浴施設が近くにあることはリサーチ済みだった。
共同浴場「伊豆山浜浴場」は、ほとんどの入浴客が地元の人という普段着の温泉である。
男湯と女湯を仕切る番台がある昔ながらの銭湯スタイル。番台に座るおばあさんは、テレビを観たり、入浴客と世間話をしたりと、ほのぼのとした雰囲気。ここが熱海温泉から目と鼻の先であることを忘れてしまいそうだ。熱海の近くにも、こんなに昔ながらの鄙びた温泉が存在することに思わず感動してしまう。
浴室は、熱湯とぬる湯の2つの小さな湯船があるシンプルなもの。ぬるめの湯船のほうでもかなり熱く感じる。44℃くらいはあるだろうか。透明の湯は塩分が濃く、肌がキリリと引き締まるような感覚がある。塩化物泉という泉質は、「熱の湯」と呼ばれるように、よく温まるので、たちまち汗が噴き出してくる。
何十年も毎日のように通い続けているというおじいさんは、「真冬でも家に帰ってしばらくは体がポカポカしている」と温泉効果を誇らしげに語り、さらに「子どものころは、伊豆山の波打ち際に巨大な浴場があった」などといった昔話も披露してくれた。こうして地元の人との交流ができるのも共同浴場の魅力。湯からあがったときには、心も体も芯からほっこりと温まっていた。
■源頼朝と北条政子の逢瀬の舞台
浜浴場をあとにして、温泉街を見守るかのごとく高台に鎮座する伊豆山神社を参拝することにした。源頼朝が、平治の乱のあと伊豆に流されていたときに、源氏再興を祈願した神社としても知られる。
また、伊豆山神社は源頼朝と北条政子の逢瀬の舞台だったというエピソードから、縁結びのパワースポットとしても人気を集めているとか。
走り湯から800段以上ある参道をのぼりきると、境内からは温泉街と相模湾が一望できる。この景色を見れば、長い階段をのぼってきた疲れも吹っ飛ぶ。
温泉の守護神でもある神社に参拝し、「このすばらしい温泉をいつまでもお守りください。そして、これからも全国各地の名湯といい出合いがありますように」と祈って帰路に就いたのであった。