前回は薄煕来失脚が陳希同北京市書記失脚、陳良宇上海市書記失脚と違い、権力闘争の側面を持つ一方、路線闘争の側面もあると述べてきた。それでは、この路線闘争の背景には何があったのか?
実は、薄煕来氏と胡錦濤執行部の間に路線闘争が起きた背景には、格差問題の存在がある。周知の通り、鄧小平氏の改革・開放政策導入以降、中国は30年以上の高度成長が続き、大成功を収めている一方、その限界も露呈している。貧困層と富裕層の貧富格差、都市部と農村部の所得格差、沿海部と内陸部の地域格差など格差問題が顕在化し、分配の不公平・不公正さが問題視され、国民の不平不満が募る。近年、多発している農民暴動や反政府デモのほとんどは、その背景に深刻な格差問題が存在する。
これらの格差問題をどう解決するかをめぐって、「分配重視派」と「成長重視派」が激しく対立している。
胡錦濤国家主席、温家宝首相を代表とする「成長重視派」は、経済成長を持続し、低所得者の収入をアップさせる政策で格差問題を解決しようとしている。
それに対し、薄煕来氏を代表とする「分配重視派」は、成長より富の分配の公平さを重視し、金持ちの資産を貧しい人たちに分配するような方策を試みている。
もし、「金持ち増税」という合法的な手段であれば、別に問題にならないが、問題なのは、薄氏は「打黒」(暴力団一掃)の名義で金持ちを略奪し低所得者に分配するやり方である。一部の民間企業経営者は「暴力団と関係ある」という冤罪で、不法逮捕され、資産没収処分を受ける。没収された資産は低所得者救済に活用される。
「分配重視派」のルーツは毛沢東の「文化大革命」にある。毛沢東の「文化大革命」発動の表の理由は「分配不公正の是正」だが、本質は共産党内部の権力闘争にある。大衆運動の形で党内のライバルである劉少奇国家主席、鄧小平総書記を倒すのは、毛沢東の真の狙いである。文革の時、中国で「金持ち資産没収」行動が日常茶飯事となり、しかも合法化されている。現在、中国の国民は金持ちになることを皆希望しているが、当時では金持ちは禁物で「罪」と見なされる。「金持ち没収」の結果、格差は確かに消えたが、結果的には全民「極貧」となってしまった。中国経済も破綻寸前に陥った。
「成長重視派」のルーツは鄧小平の「改革・開放」政策にある。「失われた10年」と言われる「文革」の革命最優先路線を完全に否定し、「経済成長最優先」という現実主義路線を歩み始めたのは1978年の鄧小平氏の改革・開放導入である。結果的には、高度成長がももたらされ、中国の急速な台頭が実現された。
薄煕来氏が「打黒」とともに展開してきたのは、「唱紅」という政治キャンペンである。強制的に重慶市の市民たちに「紅歌」(革命の歌)を歌わせ、毛沢東時代のイデオロギーで国民の思想を統一しようとする。文化大革命のやり方と同じである。
「打黒」も「唱紅」も「文革回帰」、「毛沢東のイデオロギー路線回帰」の傾向が強く、文革を完全に否定する鄧小平の現実主義路線を堅持する胡錦濤・温家宝執行部と激しく対立することは避けられない。
「打黒唱紅」は薄煕来氏が今秋に開催予定の党大会に照準し、中央執行部入りとポスト胡錦濤の政治主導権を狙う政治行動でもある。
そこで、毛沢東の「文革」路線へ回帰しょうとする薄煕来と、鄧小平の「改革・開放」という現実主義路線を堅持する胡錦濤の間に、熾烈な戦いが展開する。毛沢東の革命路線に戻るか、鄧小平の現実主義路線を継続するか?権力闘争の範囲を超え、中国の方向性を決める路線闘争の現実ドラマが展開する。次回はこの路線闘争の熾烈な戦いの生々しい実態に迫る。