1.明確な目的意識
危機におけるリーダーに求められる最重要の条件は、「明確な目的意識」を持ち示すことである。第二次世界大戦で対ドイツ戦争を勝ち抜いた英国の戦時首相、ウインストン・チャーチルは揺るがぬ目的意識があった。それは信念ともいえる勝利への確信だった。
ヒットラー率いるナチスドイツ軍が、ポーランドに侵攻して戦端が開かれた当初、英国政界を握るエスタブリッシュメント層には、「ドイツとの激突を避けてヒットラーとの政治的妥協を探る」宥和(ゆうわ)論が根強かった。数百万人の犠牲者を出した第一次大戦の二の舞は御免だという思いだ。
一貫してナチスドイツの危険を訴え続けるチャーチルは英国政界の厄介者でもあった。困難の中でチャーチルに政権を引き継ぐことになった首相のチェンバレンも、宥和論へのこだわりから最後まで「チャーチルに任せては国が崩壊する」と懸念していた。
1940年5月10日、国王から組閣の大命を受けたチャーチルは、その夜ベッドに横たわりながら、こう感慨を抱いたと回想している。
「これまでの人生すべてがこの時、この試練のための準備に過ぎなかったかのように感じた」。対ドイツ戦勝利に向けた厳しい道のりを思った。そして付け加えている。「私は自分が(戦争勝利に)失敗するはずがないと確信していた」。
全ては勝利のために。その想いが、前回書いた英国下院での「われわれはいかなる犠牲を払おうとも本土を守り抜く」という名演説につながる。