2013年3月16日、東京メトロ副都心線と東急東横線の相互直通運転がスタートした。
この相互乗り入れは、単に2線がつながるだけではない。
2008年6月14日に開業したメトロの最後の新線である副都心線は、
埼玉県西部を走る東武東上線、西武有楽町・池袋線と、既に直通運転を行っている。
このため、副都心線が東横線と直通運転を行うことで、
東上線の森林公園(埼玉県滑川町)・川越(埼玉県川越市)から
横浜高速鉄道みなとみらい線の元町・中華街(神奈川県横浜市)間の88.6キロメートル、
そして、西武線の飯能(埼玉県飯能市)・西武球場前(埼玉県所沢市)から
元町・中華街間の80.5キロが、おのおの一本につながったのだ。
つまり、関東平野の西側を走る主要な私鉄5社が一つの路線として結ばれ、
埼玉県西部から東京都心部を経て神奈川県の横浜方面に至る、
乗降客数世界屈指の広域鉄道アクセスネットワークが形成されたのである。
また、戦後の経済史・経営史の観点からみれば、
第二次世界大戦後の1950代から60年代にかけて「箱根山戦争」や「伊豆戦争」を繰り広げた、
堤康次郎氏が率いた西武鉄道と、五島慶太氏による東急電鉄という宿命のライバル同士が、
半世紀の時を経て、仲良く事業に参画するという歴史的事件でもある。
この相互直通運転によって、
池袋-横浜が最速38分、新宿三丁目-横浜が最速32分で直通で結ばれることとなった。
所要時間は従来より10分も短縮された。
副都心線内の急行はほぼすべて東横線に乗り入れ、同線内では特急となった。
この速達列車は、全日午前10時から午後4時まで毎時4本も運転されているのだ。
しかも、同じく池袋-横浜を結ぶJR東日本の湘南新宿ラインと所要時間はほぼ同じだが
運賃は170円安い。
従来の東横線渋谷駅は営業を終了し、地下に移動。渋谷~代官山間の約1.4km区間も地下化され、
地上の線路も踏切も撤去。
今まで東横線と相互直通運転を行ってきた東京メトロ日比谷線は中目黒駅発着に変わった。
東京メトロでは副都心線(小竹向原-渋谷間)の1日当たりの利用者数が10万人増え、
約1.3倍の約44万人になると見込んでいる。
このため、主に渋谷から新宿三丁目に向かう各駅停車を全日計40本増やした。
また、東急電鉄は東横線の特急・通勤特急・急行列車の停車駅のホームを延伸し、10両編成とした。
はたして、首都圏最後のこの鉄道路線の大変革は何をもたらすのか?
◆ターミナル間競争で池袋が凋落、横浜が東京の衛星都市化!?
東京メトロ副都心線・東急東横線の相互直通運転の開始は、首都圏における買い物や遊び、
通勤・通学に関する人の移動地図を大きく塗り替える可能性を秘めている。
埼玉県・東京都・神奈川県の1都2県の街同士が、商業(ショッピング・エンターテインメント・レジャー)、
オフィス、住宅の三つどもえで静かに競い合う、「首都圏新戦国時代」の幕が開ける。
首都圏における新たなターミナル間競争、地域間競争の火ぶたが切って落とされたのだ。
中でも、池袋、新宿3丁目、渋谷、横浜の大ターミナル間の「商圏獲得競争」が熾烈さを増すことは明らかだ。
東京都でさえ人口が減少に転じた今、顧客の争奪戦は厳しさを増しつつある。
今回の相互直通運転が変化のトリガーとなることは間違いない。
しかし、各々が一つの国レベルの規模を有する巨大な首都圏の商圏の変化は徐々に起こるものだ。
特に、池袋が凋落したり、横浜がさらに東京の衛星都市化するのではと懸念されるが、
私は急激な変化はないと見ている。
なぜなら、人間は習慣の動物なので、消費者は消費行動をそう簡単には変えない。
たしかに、ネットショッピングではないリアルの店舗でのショッピングの場合も、
重い家電や家具などは購入後に郵送するため消費者は移動をいとわない。
しかし、ファッションや雑貨、食品などの購入した物は自分で持って帰るので
自宅により近い駅で買った方が楽だからだ。
であるので、東武東上線、西武有楽町線・池袋線の沿線の顧客の多くが急激に、
池袋から新宿3丁目や渋谷に流れることはないと思われる。
また同様に、東横線の武蔵小杉よりも横浜寄りの駅周辺に在住している顧客の多くが急激に、
横浜から新宿3丁目や池袋に流れることもないだろう。
実際、1986年にJR東日本の埼京線が池袋から新宿に延伸された時にも、
「池袋の空洞化」が心配されたが大きな影響は見られなかった。
また、2008年に東京メトロ副都心線が開業した際にも「沈む池袋」などという予測が話題を呼んだが、
取り立てて目に見えるほどの変化はなかった。
ただ、変化は徐々にではあるが着実に起こる。最終的には、百貨店を中心とする大型商業施設と、
地元の個性的なファッションや飲食などの個店が軒を連ねる商店街が織りなす
トータルな「街力」(まちりょく)が、ターミナル間競争の勝敗を決する。
新宿も池袋も街全体で見ると一部はあまり安全ではないイメージがある。
また、ともにファッション性において、銀座や青山と比べて、あるいは原宿や渋谷よりも高いとは言えない。
一方、渋谷は若者の街のイメージが強過ぎて大人が近寄り難い。
横浜は個店の魅力は高いが、百貨店や大型商業施設の品揃えは東京とさほど変わらない。
2012年4月、渋谷の東急文化会館跡地に東急電鉄・東急百貨店をはじめ東急グループが総力を挙げて完成した
「渋谷ヒカリエ」がオープンし、大人の女性に人気を博している。
大規模再開発には時間を要するが、消費者の街に対する意識そのものを変化させるパワーがある。
つまるところ、街のイメージは、そこでビジネスを行う人と来街者が創り出す。
街の安全性、清潔さ、ファッション性などは、日々の街で商いを行う人々の努力とセンスの賜物だ。
街は一日にして成らず。池袋、新宿3丁目、渋谷、横浜のターミナルが切磋琢磨することで、
インターネットで何でも買える時代となってもリアルな街で買い物をする魅力と価値が高まるのだ。
◆「西の銀座」=新宿3丁目と「一つ目小町」に注目!
商業の視点から見た時に最も注目すべきなのは、「西の銀座」となりつつある新宿3丁目だ。
新宿3丁目駅は、東京メトロ副都心線の開通で、東京メトロ丸の内線、都営地下鉄新宿線の3線がクロスする
大ターミナルとなった。
さらに、今回の副都心線と東急東横線と相互直通運転によって、首都圏の西側の商圏における
重要なハブの一つとなったと言える。
新宿3丁目には、日本一の売上を誇るファッションに強い伊勢丹の本店、丸井の各種店舗、
近くに髙島屋といった百貨店と、ファッションや飲食の大小店舗が集積している。
そういった意味では、既に潜在的には「西の銀座」になっていたとも言える。
しかし、利便性が飛躍的に向上しているにもかかわらず、老朽化した商業ビルも多く、
今後、日本経済の回復基調を追い風にして、
再開発によってさらに魅力的な商業地に脱皮できるポテンシャルを秘めている。
私の周囲でも、リーマンショックによって中断していたいくつかの計画が再スタートしつつある。
一方、新宿3丁目にある百貨店が、今回の相互直通運転によって重点ターゲットとしているのが、
東急東横線沿線の富裕層だ。
東急東横線沿線は、他の鉄道路線に比べて住宅価格も割高であるように富裕層が多く居住している。
実際、従来から都内百貨店の外商部門の優良顧客が数多く住まう地域であり続けて来た。
東京都内のタクシー会社の多くも、どこの区に車庫があっても、
東横線沿線を含む東京から横浜にかけての城南地域の住民のタクシー利用率が最も高く利用金額も多いため、
同エリアを重点営業地域としているほどだ。
東横線沿線の住民が乗り替えなしで新宿3丁目に行けるようになることは、
新宿3丁目の百貨店や専門店にとっては商機となり得る。
伊勢丹新宿本店は、2013年3月6日、11年ぶりに90億円を投じて店舗を新装オープンした。
本館の2~4階に「パーク」と名付けた情報発信スペースを設け、旬の流行や生活スタイルを提案。
内容を随時入れ替えることで顧客の来店頻度を高め、売り上げを増やす戦略だ。
同店では、2012年11月、東横線沿線にある日本屈指の高級住宅街で知られる田園調布のエリアに
チラシをポスティングした。
4月以降は、東横線沿線にチラシを配布し、商圏拡大を目指そうとしている。
自由が丘から14分、田園調布から20分で新宿三丁目まで来られるようになることをジャンピングボードとして、
来店頻度を高めたり、潜在需要を掘り起こすことを狙っている。
もう一つは、副都心線の大ターミナル駅の隣の「一つ目小町」にも注目すべきだ。
東横線の渋谷の隣の代官山が日本を代表するおしゃれスポットとなったように、
副都心線の新宿3丁目の隣の北参道と東新宿、池袋の隣の雑司が谷には、
おしゃれスポットとしての発展が期待できる。
独立したばかりの新進気鋭のデザイナーや建築家、美容師、シェフ、バーテンダーなどは、
家賃の高いターミナル駅には出店できない。
また、おしゃれで感度の高い消費者は、他の人と同じように大ターミナルの誰でも知っている店舗で買い物をしたり、
髪の毛を切ったりすることをよしとしない。
だから、「一つ目小町」には、個性的でクリエイティブなショップが集まりやすいのだ。
副都心線と東急東横線と相互直通運転は、千載一遇のビジネスチャンスである。
首都圏の新たなマーケットウォーズが出発進行!