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第90回
資生堂を日本一元気な会社に変えた魚谷雅彦社長の改革
~売上1兆円突破!何が老舗をよみがえらせたのか?~

次の売れ筋をつかむ術

 

 
平成時代の最後の年である平成30年(2018年)、日本で一番元気な会社はどこか?
 
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それは、魚谷雅彦社長兼CEO(最高経営責任者)率いる資生堂にちがいない。
 
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資生堂が、国内初の洋風調剤薬局として東京・銀座で創業したは、150年近く前の明治5年(1872年)。
 
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株式会社資生堂の設立は、昭和2年(1927年)。
 
第二次世界大戦後に東京証券取引所の株式取引が再開された昭和24年(1949年)から上場銘柄である、言うまでもなく、国内最大手の日本を代表する老舗化粧品メーカーだ。
 
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資生堂は2020年に売上高を1兆円にする目標を掲げていたが、2017年12月期に、売上高1兆51億円を記録。計画を3年前倒しで達成した。
 
2014年4月に、魚谷氏が社長に就任して4年。
 
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売上高は31.9%増、営業利益は62.1%増えた。
 
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株価は1796円(2014年4月1日)から、実に4.87倍の8746円(2018年6月1日現在)にまで上昇している。
 
魚谷社長は、いかにして、資生堂をよみがえらせ、日本一元気な会社に変貌させたのか?
 
 
 
●資生堂の魚谷雅彦社長とは?
 
資生堂の魚谷雅彦(うおたに・まさひこ)社長は、1954年奈良県生まれ。1977年同志社大学文学部卒業後、ライオン歯磨(現ライオン)入社。苦学して米国コロンビア大学にてMBA取得。クラフト・ジャパン(現モンデリーズ・ジャパン)副社長などを経て、日本コカ・コーラ社長・会長を歴任。2013年より資生堂のマーケティング統括顧問に迎えられる。2014年4月より同社社長に就任し、現在に至る。
 
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魚谷社長が社長に就任した当時、資生堂は内憂外患で瀕死の状態だった。
 
約150年もの伝統を有するとは、それだけ、しがらみも多く、ウミやホコリが溜まっていて、立て直すのは容易なことではない。
 
長い同社の歴史の中で、外部出身者を社長に登用するのは、実に73年ぶり、2度目のことだった。
 
しかも、まったくの異業種から顧問にスカウトされて1年も経っておらず、同社で役員経験さえなかった魚谷氏を社長に起用する異例のトップ人事は、社内外から「お手並み拝見」と冷ややかに見られていた。
 
 
 
●内憂外患で瀕死の老舗企業の社長に抜擢
 
資生堂は高いブランド力を誇りながらも、変化し続ける国内外の市場の変化への対応が遅れ、苦戦を強いられていた。
 
2011年に、前田新造会長から、一回り若い末川久幸社長(当時52歳)にバトンタッチされたが、2013年3月に体調の不安を理由に突如退任し、前田会長が暫定的に社長を兼務していた。
 
同年からマーケティング統括顧問に魚谷氏を迎えたところ、「わずか半年で多大な成果を上げた。高いマーケティング能力と強いリーダーシップを持ち、グローバル感覚もある人物」と前田会長から高く評価され、2014年4月、後継者に白羽の矢が立った。
 
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魚谷社長の就任に当たっては、資生堂の創業者・福原有信の孫の福原義春名誉会長のバックアップもあったと聞く。
 
 
 
●まさに泣きっ面にハチ状態
 
当時の資生堂は、まさに泣きっ面にハチ状態だった。
 
不採算のフランスの子会社を売却、鎌倉工場を閉鎖するなど、負の遺産の処理を進めていた。
 
魚谷氏が社長に就任して1年ほど経った2015年3月期、さらなる試練が襲いかかる。
 
消費増税後の国内消費の反動減に加えて、想定されていなかった中国の在庫引き当てで130億円ものマイナスが発生。
 
これが響き、通期の営業利益は前年同期比で半減した。
 
中国の化粧品市場自体は成長していたが、市場の変化に対応し切れず、成長著しい中間層を取り込めていなかったのだ。
 
その頃の中国事業の責任者で代表取締役執行役員専務を務めていたカーステン・フィッシャー氏は、社長以上に厚遇されていたが、中国事業の失速で退任を余儀なくされた。
 
人事の発表直前、東京都内での経営者フォーラムで、フィッシャー氏は「資生堂は本社が偉いという文化がある。遊び感覚なので競争に勝てない」などと、まるで人ごとのように述べていた。
 
 
 
●中国のみならず米国でも大失敗
 
資生堂の外患は中国事業だけではなかった。
 
資生堂は、2010年に、アメリカ・サンフランシスコが本社の化粧品会社ベア社を19億ドル(約1800億円、債務の継承2億ドル)で買収した。
 
資生堂の2009年3月期の売上高は6900億円で、その4分の1を投下する大型買収だった。
 
しかも買収の資金は、株式交換ではなく、自己資金300億円と銀行からの借り入れ1500億円で賄った。
 
ベア社はテレビショッピングを軸に、自然派の化粧品を展開し、年間売上高は約500億円。
 
資生堂は、ベア社を足掛かりに米国や欧州の市場での拡大が見込んで、得意としてきたテレビショッピングを縮小し、百貨店や化粧品専門店での売り上げ拡大を目指した。
 
ところが、これが大失敗で、ベア社の収益は低迷した。
 
世界の名だたる高級化粧品ブランドがひしめく市場に、ベア社が食い込む余地などなかったのだ。
 
資生堂は、2013年3月期の連結決算で、ベア社ののれん代の減損として、286億円の特別損失を計上。8期ぶりとなる146億円もの最終赤字に転落した。
 
 
 
●国内で資生堂ショック勃発
 
さらに、国内でも、思わぬ逆風に見舞われる。
 
2015年には、資生堂ショックが勃発した。
 
資生堂ショックとは、ネット上などで、同社の働き方改革に関して付けられた言葉で、育児中の女性店頭販売員(美容部員)の活用に向け、可能な限り、遅番や土日シフトに入るのを要請したというものだ。
 
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このことが、NHKの朝のニュースで取り上げられ、ネット上を中心に「資生堂が女性に厳しくなった」と炎上した。
 
魚谷社長は、「(女性の社会進出に関しては)、これまで先進的な企業だと言われてきたが、女性役員は3名、女性管理職比率も28%と、まだ満足できる数字ではない」「両立支援をさらにしていくために、私たち男性の意識も変えていかなくてはいけない」と、さらに踏み込んだ働き方改革の実施を宣言した。
 
その結果、ネットでの批判は徐々に沈静化して行った。
 
 
 
●証券アナリストが分析する資生堂躍進の要因
 
2014年10月31日の決算説明会で、魚谷社長は「来期、再来期、いい業績数字を作るつもりはない」と述べていた。
 
しかし、社長を中心に全社を挙げて不退転の決意で抜本的な改革に取り組んだ結果、見事、資生堂は生まれ変わり、復活・成長を遂げた。
 
資生堂が、売上高1兆円の目標を3年前倒しで達成し、売上・利益ともに過去最高を記録、株価が5倍近くにまで上昇するに至り、市場は驚き、喝采している。
 
ちまたの証券アナリストが分析する資生堂躍進の要因は主に3つだ。
 
一つは、「インバウンド(訪日外国人)需要」の取り込みだ。
 
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しかし、一時期の中国人観光客による爆買いも一巡し、百貨店の低迷ぶりを見ても明らかなように、誰しもが成功し続けているわけではない。
 
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次に、成長著しい高価格帯の「プレステージ市場の拡大」だ。
 
たしかに、アジア市場を中心に世界的にプレステージ市場は拡大を続けており、魚谷社長の就任以来、資生堂は高価格帯ブランドへの投資を拡大して来たことが功を奏していることは間違いない。
 
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同社は、直近3年で売上高を2270億円ほど上積みしたが、その大半をプレステージ商品が占めている。
 
インバウンド需要以上に業績への貢献度は大きく、また、インバウンド客が、帰国後、リピート購入するケースも増えており、相乗効果も表れている。
 
もう一つは、いわゆる、「トランプ効果」である。
 
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トランプ大統領が、選挙公約だった連邦法人税率を35%から21%に引き下げる税制改革法案が2017年12月20日にアメリカ議会で可決された。
 
この税制改正は、アメリカに進出している、トヨタやホンダをはじめ日本企業の最終利益を押し上げており、資生堂もその恩恵を受けている。
 
しかし、あらゆる企業が、それらの追い風をプラスに転じることができているかと言えば、そうではない。
 
魚谷社長を中心に資生堂が、そういった市場の変化を先取りし、即応できる会社に変身したからこそ、マイナスを極小化し、プラスを極大化できるようになって来たのだ。
 
 
 
●資生堂の「魚谷改革」の本質とは?
 
それでは、資生堂の「魚谷改革」の本質とは何か?
 
「魚谷改革」を、マーケティングの観点から一言で言えば、「セルインからセルアウトへ」の転換である。
 
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魚谷社長が、「セルインからセルアウトへ、すべての発想と行動を切り替え、この3年の改革を進めて来ました。全リージョンで店頭売上のマネージメントを徹底しています」と述べている通りだ。
 
「セルイン(sell-in)」とは、 メーカーが小売りに先立って、商品を小売業者もしくは卸業者に販売すること、つまり、メーカーが小売店か卸に商品を出荷・納品した状態を指す。
 
一方、「セルアウト(sell-out)」とは、小売店がエンドユーザーである消費者に商品を販売した状態を意味する。
 
委託販売でない限り、メーカーはセルインの時点で売上が発生し、販売店および卸業者は、この時点で仕入れが発生するのだ。
 
一方、販売店はセルアウトの時点で売上が立ち、エンドユーザーは代金の支払が発生する。
 
注目すべきは、セルインの時点でメーカーは売上が立っているのだ。
 
メーカーの営業マンは、とにかく、セルインさえすれば、自分の成績につながる。
 
そして、メーカー本体の売上高もセルインした売上の合計であるため、消費者にセルアウトしているかどうかはメーカーの売上とは無関係なのだ。
 
しかし、実際は、商品はエンドユーザーである消費者には売れておらず、販売店の店頭や倉庫に山積みになっている場合も少なくない。
 
元来、化粧品の販売会社は、売り上げありきの傾向が強い。
 
そのため、百貨店や専門店に対して、商品を過剰に出荷する習慣がある。
 
実需に見合わない、そんな“押し込み”は、在庫の滞留や商品鮮度の低下を招く。
 
そして、店頭で商品をさばくための報償金がかさみ、マーケティングや研究開発に十分な資金を充てられないという悪循環に陥りがちだった。
 
魚谷氏が社長に就任し、それまでのように「セルイン」で売上を立てるのではなく、顧客に向けて店頭で「セルアウト」で実際に購入してもらい、その結果、売上を立てて行く方針に大転換を図ったのだ。
 
この商流の抜本的改革を、日本国内のみならず、中国をはじめ世界中で行って来たのだ。
 
 
 
●「企業主体の営業」から「顧客主体の営業」へ
 
「セルインからセルアウトへ」の改革は、「プッシュ型からプル型へ」とも言い換えられる。
 
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従来の「企業主体の営業」=「プッシュ型営業」から、「顧客主体の営業」=「プル型営業」である。
 
近年、インターネットやデバイスの普及によって顧客の購買プロセスが多様化しており、セールスサイクルの短縮化が大きな課題となっている。
 
在庫の回転を上げ、その結果として出荷の売上を上げて行く構造への転換が求められているのだ。
 
しかし、商慣習はそう簡単に変えられるものではない。
 
エンドユーザーである消費者の視点に立って、社内外の摩擦をものともせず、その難事業を断行したことこそ、資生堂の「魚谷改革」の真骨頂だと言えよう。
 
 
 
●「魚谷改革」を成し遂げられた背景
 
しかし、「魚谷改革」を成し遂げられたのには、大資生堂が一つになれたからに他ならない。
 
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魚谷社長は、就任以降、全世界の6万5千人の社員とのコミュニケーションに最大の力を割いて来たと聞く。
 
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それは、ボトムアップの組織に自ら変身するためのスローガンに表れている。
 
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動かないと言われて来た老舗を変える「動け、資生堂」。
 
「One Shiseido」、「ICHIGAN」、「TRY&ERROR&TRY」
そして、良い点をほめ合う「ワクワク大作戦」
 
 
 
●「世界で勝てる日本発のグローバルビューティーカンパニーへ」
 
資生堂の社名は、儒教の四書五経の一つの『易経』の一節、「至哉坤元 萬物資生」に由来する。
 
至れる哉(かな)坤元(こんげん)、万物資(と)りて生ず。
 
大地の徳はなんと素晴らしいものであろうか。すべてのものはここに生まれる。
 
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魚谷社長のもと、資生堂グループは、「世界で勝てる日本発のグローバルビューティーカンパニーへ」を掲げ、2015年より中長期戦略「VISION 2020」を進めている。
 
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魚谷社長は、現在の状況に甘んじることなく、「謙虚な自信」を持って、目標に向かって邁進したいと述べている。
 
 
 
●「謙虚な自信」を体現する人物
 
魚谷社長が資生堂を改革できた根本には、彼の人間力がある。
 
魚谷氏とは共通の古い友人もおり、2000年頃からさまざまな場でお会いする機会をいただいて来た。
 
私のような“バブル・シーラカンス”が偉そうに言えたものではないが、いわゆる、「プロ経営者」と呼ばれる人の中には、挫折を知らず、上滑った鼻もちならない人もいる。
 
しかし、魚谷氏は、人の心の痛みがわかる人だ。
 
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魚谷社長とは、いぶし銀のような、まさに、「謙虚な自信」を体現する人物である。
 
そして、魚谷社長の人との付き合い方は、「君子の交わりは淡きこと水の如し」。
 
儒教の荘子の山木篇で説かれているように、「君子の交わりは淡きこと水の如し、小人の交わりは甘きこと醴(あまざけ)の如し」。
 
物事をよくわきまえた人の交際は水のようだ。一方、つまらぬ小人物の交際は甘酒のようにベタべタと甘く、一時的には濃密のように見えても長続きせず破綻を招きやすい。
 
企業は人なり。そして、組織の命運はトップで決まる。
 
ロシアの諺にあるように、「魚は頭から腐る」。
 
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しかし、ナポレオン・ボナパルトが喝破した通り、「一頭の狼に率いられた百頭の羊のむれは、一頭の羊に率いられた百頭の狼のむれに勝る」。
 
一方、ナポレオンは次の言葉も残している。「最も大きな危険は勝利の瞬間にある」。
 
魚谷資生堂にとっては、これからが正念場に違いない。
 
日本発・東洋発の、万物資りて生ず、真の日本的経営、真のグローバル企業を目指し、ますます発展していただきたい。
 
 
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●資生堂の魚谷雅彦社長の話を刮目して聞くべし!
 
資生堂の魚谷雅彦社長には、ご多忙の中、二十年来の長きにわたる御縁に甘えてお願いしたところ、日本経営合理化協会の「136回夏季全国経営者セミナー」へのご登壇を快諾いただいた。
 
 
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平成日本のリーダーの中のリーダー、日本発のグローバルビューティーカンパニー資生堂を率いる魚谷社長から、これからの企業のあるべき姿、あるべきリーダーの姿を、虚心坦懐に学びたい。
 
 
 

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