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THK株式会社の無錫工場を訪問する筆者と降幡明総経理(2013年11月)
中国の現地人材をどう育てるか?育ててからどう確保するか?これは中国に進出する日本企業の共通の課題となっている。
この問題意識をもって、筆者は東証1部上場のTHK株式会社の今野副社長のご紹介で、11月11日に同社の無錫工場を訪問した。
THKはLMガイドのパイオニアで、国内12工場、海外16工場を持ち、国内シェア70%、世界シェア50%以上を占める業界最大手である。無錫工場はTHKの海外工場の1つとして、2004年3月に設立した中国最初のLMガイド生産工場であり、中国名は「帝業技凱(無錫)精密工業有限公司」と呼ぶ。
降幡明総経理の説明によれば、スタート段階では無錫工場の従業員はわずか50人しかなかったが、現在は750人にのぼる。製品は6割が内販、4割が輸出。需要が旺盛のため、キャパシティーは過去5年間で3倍も増強しており、生産ラインは3交代でフル稼働している。2012年度の売上は45億円にのぼり、3年前から黒字転換が実現以降、収益は拡大している。THKは中国ビジネスにおいては、いま収穫期を迎えている。
THKの中国ビジネス成功への道のりを辿る重要なステップとして、現地人材の育成が挙げられる。
今年10月30日、筆者が代表を務める会員制組織・中国ビジネスフォーラムは経営セミナーを開催し、パネルディスカッションの講師としてTHKの無錫工場の初代総経理で現在本社の取締役副社長を務める今野宏氏を迎え、中国の現地人材をどう育てるかについて話してもらった。
今野氏の話は具体的で、実に面白かった。まとめれば、ユニークな発想で日本企業の参考にもなると思われるポイントは次の5つである。
1つ目は「新卒者で会社を作る」。2004年3月に発足したTHK無錫工場は50人を採用したが、全員、学校を出たばかりの新卒者である。ゼロからスタートし、徹底的に新人を育てる。正に「白紙に絵を描く」のような試みである。「彼らは10年後中間管理職、20年後は工場経営も任される」と、今野氏の胸の中では、こうしたビジョンを描いている。
2つ目は「全員日本研修」。6ヵ月新人研修のうち、2ヵ月は日本国内研修である。日本研修実施前、会社と新人社員の間に「日本研修契約」が締結され、研修後2年間THK勤務が義務付けられる。実際、締結拒否の2人を除く48人は全員で日本研修に赴き、国内の山口工場で2ヵ月研修を受けた。全員日本研修は相当コストがかかるため、当初、社内では反対の声も上がったものの、今野氏の説得で実現できた。1人1人の人材を育てるため、コストを惜しまないTHKの姿勢は中国の若者たちに高く評価された。
3つ目は「感動の共有」である。「感動なしでは成長なし」というのは今野氏の持論で、無錫工場で実践していた。日本研修を終え、無錫に帰る際、全員を乗せるバスが上海随一の観光エリア・外灘(バンド)を通過する途端、THKの巨大広告版は点灯し、車内に若者たちの歓声が上がった。「感動の共有」の瞬間であった。また、年末の忘年会には寺町社長が自ら出席し、現地社員との絆を深める。さらに、工場構内に桜の木が植えられ、いまは並木となっている。社員たちに桜の木とともに成長する自分の姿と重なる実感を与える。
4つ目は「チーム無錫」の重視である。日本人はチームワークを重視する国民性を持つのに対し、中国人は個人の能力を重視する個人主義的傾向が強い。THKは新人教育では「チーム無錫」を強調し、日本企業の基本を教える。勿論、日本での成功経験は必ず中国でも成功するとは限らないが、会社の基盤は一緒だ。THKは会社の基盤である「チームワーク」に注力し、「チーム無錫」で世界ナンバーワンを目指す。
5つ目は「発展空間」である。欧米企業に比べ、中国進出の日系企業で働く現地社員の出世のチャンスが少ない。そのため、現地人材の定着率が比較的に低く、日系企業にとって、頭を痛める課題となっている。THKはこの難題克服のために打ち出された対策は「発展空間」の提示である。今野氏の説明によれば、当初、新人社員に提示した三角形組織図は、底辺の部分が埋まったものの、上の部分は空白状態となっている「ガラスの天井」である。「努力すれば会社が成長し、個人も上に上がる」という意味が込められている。
実際、無錫工場設立してから9年を経った現在、一期生の50人のうち、38人が残っており、多くは管理職のポジションに付いている。その定着率は高い。筆者がさる11月11日に同社の無錫工場を見学した際、降幡総経理、高橋総経理補佐のほか、課長クラスの一期生の方も生産ラインを案内してくれた。
企業の競争力は人材にあり、いかに人材を育てるか、また優秀な人材をどう確保するかが永遠の課題と言える。THKは中国現地人材の育成・確保という課題を直視し、ユニークな挑戦が今も続いている。