前回(2021年4月)、「Standard Products by DAISO(スタンダードプロダクツ バイ ダイソー)」のことを綴りました。3月にダイソーが開店した新業態店で、中心価格帯は300円台。その商品ラインナップからは「コスパ」の新定義を試みているのでは?と感じ取れる、という話でした。
で、続く4月なのですが、私の興味をそそる新商品がビール業界から登場しました。アサヒビールの「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」です。
4月6日にコンビニで先行販売したところ、たちまち品切れになりました。そして4月20日に正式発売となったのですが、またしても品薄状態が続いています。ネット通販ではプレミア価格が付けられているほど。
もうご存知の方も多いと思いますが、念のため、どんな缶ビールかを説明しますね。缶の上を見ると、既存の缶ビールとの違いは明白です。缶の上部分がパッカンと全開になります。まるでグラスかジョッキのように……。で、このフタを開けると、何もしなくても、たちまち泡がもこもこと現れる。缶から飛び出さんばかりなほどに。そして、少し経って泡が少なくなったら、缶をちょっとだけ手でつつんで手のひらの暖かさを伝えてやると、またもや泡が盛り上がる。ちょっとした手品のようです。
もちろん手品でもなんでもなくて、こうなる理由はちゃんとあります。これ、シャンパングラスを想像するとわかりやすい。シャンパングラスの底には小さな傷がつけられていて、それの働きでシャンパンの泡が立ち上がりますね。これと同じ原理なのだだそう。「生ジョッキ缶」では、缶の内部に凸凹が作られていてその働きでこうして泡が盛り上がるらしい。これまでの商品では、別のグラスに注がない限りこうはなりませんでしたね。これなら、外で飲むときも楽しくなります。
この「生ジョッキ缶」のヒットは、同社にとっても感慨深いものらしい。担当者に尋ねたところ、「ビールでここまで話題を呼んだのは久しぶりですから」と話していました。そうですね、このところ、ビール系で注目を浴びるのは、発泡酒や新ジャンル(かつて第三のビールと呼ばれた商品)が中心でしたからね。あとは各地に根づくクラフトビールが話題となっているくらいでしょうか。
ではなぜ、「生ジョッキ缶」はここまで脚光を浴びたのか。私は3点に整理できるかと思います(その3点に加えて、最後に“プラス1”も追記しますね)。
1つ目。やはり「びっくり」を創出する商品は強いんですね。いわゆる「なに、それ?」型の商品と表現してもいい。昨年来の別事例で言いますと、世界初のクラフトコーラと謳う「伊良(いよし)コーラ」などもそうでしょう。消費者としては虚を突かれると同時に、試してみたくなる。
2つ目。「消費者がハナから諦めていた部分に斬り込んだ」商品もまた強いと思います。「生ジョッキ缶」の場合、飲食店で飲むときに味わえるような泡を、缶のままで堪能できるはずはない、という思いがありましたよね。そこに斬り込んだのは見事だった。もうひとつ言いますと、ビールというのは喉を通る流量も美味しさを左右するのだそう(ビールのプロに以前聞きました)。「生ジョッキ缶」の仕様では普通の缶ビールと違って缶の上部がすべて開くわけで、当然ですがビールの流量も多い。ここもポイントでしょう。「消費者が諦めていた部分に……」という意味では、昨年(2020年)ヒットした、家庭用プロジェクタの「popIn Aladdin2」などもそうですね。映画などを自宅で観るときにプロジェクタをいちいちセッティングするのは面倒というところを、天井のシーリングライト一体型とすることで、一気に解消しています。
そして3つ目。前回のコラムで綴ったのと同様に、「生ジョッキ缶」という商品にも、「コスパ」の新定義という側面が見て取れます。
この「缶ジョッキ缶」ですが、ビールの中身自体は、これまでのスーパードライの缶ビールと全く同じだそう。値段も同じです。えっ、それのどこが「コスパ」の新定義なの、と思われるかもしれませんが、泡がジョッキのビール並みに盛り上がる「生ジョッキ缶」では、内容量が既存のスーパードライより10ml少ないんです。しかも発泡酒や新ジャンルのビール系商品と比べたら明らかに出費を余儀なくされます。1缶60円ほど高い。それでも品切れになるほど大反響を呼んだのは、まさに値段よりその価値に多くの人が惹かれたからでしょう。
最後に、これは余談ですけれど、「生ジョッキ缶」の登場で、私が思い出したことがありました。それは、いまから40年ほど前、1980年代の初めに巻き起こった、ビール業界での容器戦争でした。小型缶が出たり、樽を模したデザインのものが出たり、と百花繚乱だったのを記憶しています。でも、その争いはほどなく沈静化します。それはそうです。ビールの品質とは関係なく、ただ単に目先を変えるためのような競争だったから。
1980年代半ばまで、ビール業界には、社を問わず。ある常識が定着していていたという話を、メーカー内部の人から聞いたことがあります。それは……「消費者にビールの味はわからない」。どういうことか。「目隠しして飲んで、ビールの銘柄を当てられるほどに味の違いが理解できるのは、ビールメーカーの技術者だけ。一般の消費者にはわかるはずもない」。それが業界のなかでの「当たり前」だったといいます。だから、容器戦争という見た目の変化にか各社はそろって突っ走ったのですね。
ところが……、この常識に異を唱えたチームがあった。「いや、消費者はひょっとしたらビールの味がわかるんじゃないか」と。それが、業績悪化で「5年後には会社がなくなる」とまで囁かれていた、1980年台半ばのアサヒビールの新商品開発チームでした。で、1987年に登場させたのが「スーパードライ」です。
そんな「スーパードライ」が今回、容器で戦いに挑んだところが、実に興味深いところですね。しかも40年前の容器戦争とは全く違って、今度は味の部分にしっかり関係するところで勝負してきたわけです。「生ジョッキ缶」の開発チームは当然、初代の「スーパードライ」当時とは世代交代しているでしょうけれど、ここでも「消費者は(この容器による)味の違いがわかるはず」と考えたところは共通しているのではないでしょうか。