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採用・法律

第140回 民事訴訟における住所氏名等の秘匿制度

中小企業の新たな法律リスク

スーパーマーケットを経営する伊藤社長が、賛多弁護士のところへ法律相談に訪れました。

***

伊藤社長:今日は、私の知人が困っているので相談に乗っていただけないでしょうか。

 

賛多弁護士:どのような内容でしょうか。

 

伊藤社長:知人の娘さん(Aさん)は、夫(Bさん)からの暴力が原因で離婚したのですが、現在も治療を受けているようで、Bさんに対して治療費などを請求したいということでした。

 

賛多弁護士:なるほど。Bさんが任意に支払う見込みがあるのであれば、まずは、Bさんに連絡を取り、交渉をして、支払を求めることが考えられます。Aさんが直接連絡を取ることは避けたいということであれば、弁護士が代理人として連絡を取ることができます。ただ、Bさんが応じてくれないのであれば、AさんがBさんに対して訴訟を提起することになりますね。

 

伊藤社長:過去の経緯からすると、Bさんが任意に支払う可能性は高くないと思います。そのため、訴訟を提起してはどうかという話をしました。しかし、Aさんは、離婚が成立した際に今後は一切関わりたくないということで他県に引っ越しており、その住所をBさんに知られたくないので躊躇っていると言っていました。

 

賛多弁護士:たしかに、訴訟を提起する際には訴状に当事者の住所を記載する必要がありますので、訴状がBさんに送達されると、BさんはAさんの住所を知ることができてしまいます。ただ、現在は、民事訴訟法が改正されたので、住所や氏名等を秘匿することができます。

 

伊藤社長:そのような制度ができたのですね。具体的に教えてください。

 

賛多弁護士:申立て等をする者又はその法定代理人の住所、居所その他その通常所在する場所(以下「住所等」といいます。)や氏名その他当該者を特定するに足りる事項(以下「氏名等」といいます。)の全部又は一部が当事者に知られることによって当該申立て等をする者又は当該法定代理人が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあることにつき疎明があった場合は、裁判所は、住所等や氏名等の全部又は一部を秘匿することができます(民事訴訟法第133条1項)。

今回の事案では、訴訟を提起するAさんの住所が相手方のBさんに知られることによって、Aさんが社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあることを疎明した場合、Aさんの住所が秘匿されることになります。

 

伊藤社長:Aさんの現在の住所が知られることでAさんに対する更なる暴力を振るわれるおそれがありそうなので、認められるかもしれませんね。どのような手続が必要でしょうか。

 

賛多弁護士:①秘匿決定の申立てと②秘匿事項の届出をする必要があります。訴訟を提起するときに、①秘匿決定申立書と②秘匿すべき事項(今回はAさんの住所)を記載した届出書面を提出します。届出書面のうち秘匿事項の部分は、秘匿決定が確定するまでの間、他の当事者等の閲覧等は制限されます。

 

伊藤社長:秘匿決定がされると、その後の手続はどのようになりますか。

 

賛多弁護士:秘匿決定の際に代替事項(今回の事案ではAさんの住所に代わる事項)が定められるので、書面にはその定められた事項を記載することになります。手続との関係では、例えば、代替事項を記載した訴状の副本が送達されることで有効な送達として取り扱われますし、請求が認められた場合には代替事項が記載された判決に基づき強制執行をすることもできます。

 

伊藤社長:分かりました。賛多弁護士に一度相談することを提案してみます。

 

***

住所、氏名等の秘匿制度については、法務省のホームページに詳細がまとめられています。

・法務省「住所、氏名等の秘匿制度の創設」

https://www.moj.go.jp/content/001386878.pdf

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 小杉太一

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