まず、この画像をご覧ください。ナイフであることはお分かりになるかと思いますが、何に使うものなのか……。
謳い文句をお伝えするのが早いかと思います。
「魚をさばいたことのない人も、魚をさばくのがどんなに苦手な人も、これ1本で簡単にさばけるナイフ」といいます。
商品の名は「サカナイフ」で、北陸・富山のTAPPという中小企業の手になります。
一昨年、昨年と2度のクラウドファンディング公開を通して、合わせておよそ1300万円もの支援を集めました。前回の本コラムで綴ったホワイトローズの折りたたみ式ビニール傘「AmeMachi(あめまち)」が461万円強の支援をクラウドファンディングで獲得したのもすごい話ですが、この「サカナイフ」はそれどころではない。地方の中小企業が1000万円を超える支援を得るのは、クラウドファンディングでも異例のことです。
さらに、一般発売後も、品薄状態が続き、当のTAPPも「予想もしていなかった」展開というから、驚きに値します。
値段はいくらか。
1万5120円もするんです。けっこうなものですよね。それでも売れに売れていて、生産が追いつかない状況が続いている。
いったいどういうことなのでしょう。いや、何をおいても、先ほど書いた謳い文句が本当か、気になって仕方ない。「誰もが容易に魚をさばける」なんて、現実にあり得るのか。諦めている方もきっと多いでしょう。
私もその1人です。もともとかなりの不器用ですし、一度やりかけて失敗してから、ずっと丸のままの魚を敬遠しています。
で、購入して実際にやってみました。半信半疑というより、「疑」のほうが優っているような思いで……。
まずはアジ。3分で難なくいけました。続いてサバ。こちらも3分。魚体が大きいほうがむしろうまくいく感じ。最初に手順を覚えるのがちょっと手間ですが、それさえクリアすれば、するするといけます。まず、ナイフの外側の刃でウロコを取り、次に切っ先を使って魚の腹と背の両方に切り込みを入れ、そのあと刃の内側を使って魚の頭を落としたうえで、先ほどの切り込みに沿って、刃の内側を滑らせていけばいい。
さほどの力が要らないのが不思議でした。おそらく刃が波状になっていることが功を奏しているのだと思います。
ならばと、どう考えても難儀しそうなタイで試してみました。姿形は立派で怖気付いてしまうし、骨はいかにも堅そうだし……。これができれば、もうほとんどの魚が大丈夫なはず。
思いのほか、すんなりといきました。さすがに3分では終わらず、4分弱かかりましたが、立ち往生することは全くなかった。手順は前述したまんまで、魚種が変わっても同じです。
さあ、どう仕上がったか。ありのままをお見せしますね。
骨に身が少し残ったものの、ど素人で、しかも初めての挑戦としては、かなりの出来映えではないかと思います。
「サカナイフ」を使って自分で魚をさばくと、得られるものが3つあると感じましたね。まず、丸のままの魚のほうが購入するのに割安であること。次に、骨や頭も使えるので、献立を増やせること。タイの場合、骨は潮汁に、頭は兜焼きにできます。そして最後は……成就感ですね。自分にもできるんだ、という喜びです。
この「サカナイフ」のヒットから、いくつかのことが読み取れそうです。
1つめは、「人が諦めていたところに斬り込む商品」はやっぱり強いのだということ。これって、いわば「コンプレックス解消型の商品」であり、だからこそ多くの消費者が飛びついた。
2つめは、既存業界が思いもよらないところに商機はあるということ。TAPPは刃物業界とは無縁の企業でした。もともとは銅像などの原型や、釣りのためのルアーを手がけている会社です。社長が本業の傍らで漁師経験を積む機会があり、そのなかで、「消費者が魚を食べなくなっているのは、あまりに惜しい」と強く感じ、畑違いのナイフ作りに着手したと聞きました。社長は刃物業界の人物からこう言われたそうです。「私たちには全く発想できなかった」と。魚を食べてもらいたいという一念が身を結んだのですね。
最後、3つめは、「この商品を届けたい『あなた』」を、TAPPが明快に意識できたいたことでしょう。万人に受け入れられるとは思わない、でも、このナイフが登場すれば「そうそう、こういう存在を欲していた」と振り向いてくれる人は確実にいるはず、と踏まえて、狙いを「魚をさばくことをずっと敬遠している消費者層」に完全に絞った。ここが決め手です。本来、丸のままの魚を買おうなんて絶対に考えない人こそがターゲットというところが痛快であり、また重要なポイントです。ちゃんとさばける商品が登場したときのインパクトは、そのぶん大きなものになりますから。
「あなた」を意識できるか。これはヒットの要諦とも言えるのではないでしょうか。