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第104話 業界の当たり前を疑った結果!

北村森の「今月のヒット商品」

私は常々、業界で当たり前のこととして片づけられていた要素に疑いの目を向ける姿勢が、ヒット商品創出の大きなカギになると考えています。

ただし、それは決して簡単なものではありませんね。何かを当たり前とされてきたのにはそれ相応の理由があって、そこを打ち破るのには困難が伴うからです。

今月(2026年3月)は、東日本大震災から15年となる月ですね。今回取り上げるのは、すぐ下の画像にある商品の事例です。

 


液体を運ぶためのポリタンクです。その名を「防災缶」といいます。業界ではポリタンクも「缶」と言い表すならわしがあって、この商品名になっているようです。

開発したのは、名古屋市のタンゲ化学工業という企業です。ちいさな町工場ですが、湯たんぽの国内シェアではトップを走っています。そして湯たんぽのほか、ポリタンクも製造・販売している。この「防災缶」の容量は20リットルで、同社のネット通販サイトでの販売価格は3300円です。

一見するとごく普通のポリタンクに思えますが、業界初を謳う極めて大きな特徴を有しています。それは、灯油、軽油、水、湯のどれを入れてもいいこと。ただし最初にこの4つの液体のうち、何を入れるかをユーザーが決めて、どれか1つを運搬するために使うことになります(湯を入れる場合には、別売のキャップが要ります)。途中で液体の種類を変えることはできません。

それがどうした?と感じられるかもしれませんね。すでに灯油用、軽油用、水用…とそれぞれ専用に使えるポリタンクは、当たり前のように存在しますから、4つの液体からユーザーが任意に用途を選んで使うポリタンクをあえて販売する必要があるのか、と…

なぜ、タンゲ化学工業は、この「防災缶」を開発したのでしょうか。

 


同社の社長に聞くと、開発のきっかけは東日本大震災だったそうです。

東日本大震災が起きたのは、先に触れた通り3月でした。東北はまだ寒い時期であり、震災直後、被災地の関係者は灯油を運搬できるポリタンクの手配に奔走します。ところが、灯油用ポリタンクの入手がこの時期ままならなかったというのです。

なぜか。ポリタンクを製造するメーカーは、春先になるとすでに水用のポリタンクの生産に向けてラインを変えてしまっているからです。冬に需要の多い灯油用ポリタンクの生産はもう終えていて、工場内に設置する金型や原材料などの態勢を変更している時期でした。

つまり、予期せぬ災害が起きて、灯油用のポリタンクを切実に求める声が届いても、追加生産に対応できない。タンゲ化学工業も例外ではなく、被災地からの求めに応えられない状況に心を痛めたといいます。

灯油や軽油用と水用でポリタンクが異なるのは、適合させるべき法規が異なるからです。前者は消防法ですし、後者は食品衛生法です。だからそれぞれが別々の商品となっているのが、業界では当たり前のことでした。

ここでタンゲ化学工業の社長は考えました。「ならば、それぞれの法規にいずれも同時に適合させたポリタンクをつくってしまえば、いざという場面で、灯油でも軽油でも水でも湯でも、ユーザーが必要に応じて使えるのではないか」。

そうしたポリタンクを開発し、常に在庫を持っていれば、季節を問わずに供給することができますし、その場面に合わせた使い方が可能になります。

 


同社がこの「防災缶」を完成させ、発売にこぎつけたのは昨年(2025年)初夏のことです。つまり東日本大震災から14年が経過しています。

開発にあたっては、やはり技術上や適合手続き上の難しさがあったのでしょうか。「いや、どちらもそれほど難しいというわけではなかった」と社長は振り返ります。ではどうして開発に時間がかかったのか。

苦心を重ねたのは、この「防災缶」の表面に貼るラベルデザインだったといいます。このポリタンクに4つの液体のなかから何を入れるかを決めるユーザーだけではなく、それを運搬する人にも、またこのポリタンクから中身を何かに注ぐ人にとっても、「中にどんな液体が入っているのかが、はっきりと判別できるラベルデザインにしないと、誤用を招いて危険だから」だそうです。確かにそうですね。

試作を続けに続けた結果、上の画像のようなラベルデザインとしたといいます。ユーザーはまずマジックペンで、4つの液体のうち何を入れたか、しっかりと印をつけて、周囲の人にも判別してもらいやすい仕様としています。

ただ、困難は「防災缶」発売後にも続いた、と聞きました。

主要取引先として想定していたホームセンター各社のバイヤーが、当初はこの商品の意味を理解してくれなかったと聞きました。「いや、うちの店舗にはちゃんと灯油用、軽油用、水用といったそれぞれのポリタンクがあるから、わざわざこの商品を仕入れる必要などありません」と…。

タンゲ化学工業の社長は説得に努めました。「いや、そうじゃないんです」。普段はそれぞれの専用ポリタンクで当然ですが事足ります。この「防災缶」は、そんな平時には必要ない商品であるのは間違いない。しかし、何かが起きた場面でこそ重要な役割を果たすのです、と説明を続けました。

昨年夏の終わりごろ、その奮闘が功を奏し始めます。首都圏で開催された大型展示館に同社はブース出展。ホームセンター各社の経営陣がブースで立ち止まるたびに、社長は必死に「防災缶」の意義を伝えました。

すると…。「なるほど、このポリタンクを普段から店内に並べるのは、ホームセンターとしての務めかもしれませんね」という反応が映ってきたそうです。これを契機に、「防災缶」はじわじわと市場で浸透することに…。

業界の当たり前を疑い、新たな商品を開発し、それを市場に根づかせるのは大変な話ですが、今回の事例を通して、私はその仕事の大切さを改めて理解しました。

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