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採用・法律

第170回『「代理します」の一言が境目になる』

中小企業の新たな法律リスク

前回(第169回)は、退職代行サービスから連絡が来たとき、会社としては退職の意思表示自体には応じる必要があるものの、相手が「連絡係」を超えて交渉に踏み込んでいないかを見極める必要がある、という整理をしました。

今回はその続きとして、報道で注目された「退職代行を提供する側」の問題から入ります。「連絡の代行」のつもりでも、本人の代わりに条件を詰め始めれば代理的な行為になり得る——これがなぜ非弁規制の対象になるのか、この点にも会話で触れていきます。

 

石田社長は、税理士系のコンサルティング会社を経営する一方で、不動産仲介会社も運営しています。最近、退職代行サービスを提供していた会社が弁護士法違反の疑いで捜査対象になった、という報道を目にしました。

石田社長としては「退職の連絡を代わりにするだけのサービスが、なぜ?」という違和感が先に立ったものの、読み進めるうちに、これは他業種にも起こり得る話だと感じ、賛多弁護士を訪ねました。

 

石田社長:先生、今日は「線引き」の相談です。

 

賛多弁護士:線引き。いいですね。経営者の方がそこに関心を持つのは、とても健全です。

 

石田社長:最近、退職代行サービスをやっていた会社の件が報道されましたよね。弁護士法違反の疑いがあるとか。

 

賛多弁護士:大きく報道されましたね。

 

石田社長:正直、最初は「退職の意思を伝えるだけでしょ?」と思ったんです。本人に代わって電話するだけなら、ただの事務連絡じゃないのか、と。

 

賛多弁護士:実際にそれだけなら、問題は起きにくい。

 

石田社長:実際は違うんですか。

 

賛多弁護士:現場は、伝言で終わらないことが多いんです。退職の話をすると、会社側がこう返すことがあります。「認めない」「後任が決まるまで待て」「損害が出る」「誓約書にサインしろ」「備品やPCを返せ」「有給は消化できない」——。

 

石田社長:よく聞く話ですね。

 

賛多弁護士:ここから先は、単なる連絡ではなく、権利義務の話になります。つまり争いの入口です。そして、退職代行の担当者が、その場でこう返してしまう。「それは法律的に無理です」「有給は当然に取れます」「未払い残業代も請求できます」「退職日はこの日に確定です」…。

こうなると、本人の代わりに主張を組み立て、交渉している。これは「代理」です。

 

石田社長:なるほど……。「本人の言葉を伝える」のと、「本人として言い返す」のは別物だ、と。

 

賛多弁護士:そのとおりです。結局、問題になるのは看板ではありません。「退職代行」という名前かどうかではなく、やっている行為の中身です。

そして分かりやすい境目が、「こちらが代理で対応します」という姿勢になっていないか、です。

 

石田社長:でも、本人が直接言えない事情もありますよね。精神的にきついとか、会社が怖いとか。

 

賛多弁護士:そこは理解できます。むしろ、だからこそ慎重であるべきです。人は、弱っているときほど、「すがれる相手」を探します。そこで、専門性や責任の枠組みが曖昧な人が、争いごとの当事者の代わりに前に出てしまうと、取り返しのつかない損を生むことがある。

 

石田社長:そこで弁護士法が出てくる、と。

 

賛多弁護士:はい。非弁行為の規制は、乱暴に言うと「法律の専門家ではない人が、報酬を得て、争いごとを処理する仕事をしないように」という考え方です。

昔から「三百代言」という言葉がありますよね。

 

石田社長:あります。口先だけで、人を振り回す、みたいな。

 

賛多弁護士:まさに、そこを防ぐ意味もあります。争いごとは、当事者が焦っている、追い込まれているときに起きやすい。そこへ「それっぽい人」が入り、理屈をつけて交渉をする。結果、当事者が不利な合意をさせられたり、逆に相手を無用に刺激して揉めを大きくしたりする。

だから、代理で交渉するなら、資格と責任を背負う者がやるべきだ、という制度設計なんです。

 

石田社長:なるほど……。罰則があるからダメ、というだけじゃなくて、そもそも守るべき相手がいるわけですね。

 

賛多弁護士:そうです。弁護士は、資格があるというだけでなく、懲戒、守秘、利益相反、損害賠償のリスクなどを負っています。

代理で争いの場に立つことは、それだけ重い行為です。

 

石田社長:先生、そこを聞いて、急に自分の仕事が気になってきました。

うちは税理士系のコンサルもやっていますし、不動産仲介もやっている。現場で「ちょっと代わりに言っておいて」が頻繁にあります。

 

賛多弁護士:石田社長の業種は、まさに「代わりに言う」が日常になりやすいですね。

 

石田社長:たとえば顧問先から「取引先に角が立たないように、まとめてくれ」とか。不動産の方だと大家さんから「滞納しているから言ってくれ」「出ていってほしいから話をつけてくれ」とか。

 

賛多弁護士:そこで、どこまでなら通常業務で、どこからが代理的な交渉なのか。そこが知りたい、ということですね。

 

石田社長:はい。うちは「争うため」にやっているわけじゃない。むしろ揉めないようにしたい。

 

賛多弁護士:その姿勢は大事です。

ただ、揉めないように、と思って入ったのに、結果として「争いの処理」を代行してしまうことがある。ここが落とし穴なんです。

 

石田社長:退職代行の件と同じ構造ですか。

 

賛多弁護士:同じです。最初は連絡の代行でも、相手が「ダメだ」と言った瞬間に争いが始まる。そこで、第三者が本人の立場に立って条件を詰め始めると、代理行為になっていく。

 

石田社長:不動産の現場だと、まさにそうです。

 

賛多弁護士:不動産も、普段は日程調整や書類の受け渡しで済む。ところが滞納、更新拒絶、原状回復、立退き——このあたりは、一気に権利義務の話になります。

そのとき仲介会社が「じゃあ◯万円で手を打ちましょう」「法律的にはあなたが払うべきです」と言い始めると、途端に「代理」になります。

 

石田社長:現場は、つい言ってしまうんですよね……。

 

賛多弁護士:だから、石田社長がやるべきは、現場を責めることではなく、現場が迷わない型を作ることです。「事実確認と連絡の取り次ぎ、段取りは当社でやります」「ただ、条件の交渉や法的判断は、専門家にご相談ください」。この言い方を、会社の標準語にする。

 

石田社長:税理士系のコンサルはどうですか。会社分割とか、事業整理とか、相談が来ます。

 

賛多弁護士:そこも同じ発想です。

石田社長の強みは、税務・財務・資金繰り・金融機関説明の設計です。そこは遠慮なくやっていい。

ただ、相手方が出てきて、条件を詰めて、合意書を作って、争いの芽を潰す——この「最後の詰め」までを、コンサルが代理で抱えないことです。

 

石田社長:つまり、私たちは「設計図」を厚くする。でも「代理」までやらない。

 

賛多弁護士:ええ。そして私は正直なところ、石田社長が「捕まるかどうか」だけを気にして、この相談をされていたら少し寂しいです。

 

石田社長:耳が痛いです……。

 

賛多弁護士:もともと法律は、最低限を定めるものにすぎません。

 

石田社長の会社は、最低限を守っていれば良い、という会社なのでしょうか。

退職代行の報道がここまで注目されたのは、まさに「弱っている人が、簡単に「代理っぽいサービス」にアクセスできる時代になった」からです。

その時代に、石田社長の会社が、三百代言的なものと誤解される余地を作らない。それは顧問先を守ることでもあります。

 

石田社長:分かりました。

うちは現場に、「代理は仕事じゃない」という共通認識を作ります。そのうえで、事実整理と段取りはきちんとやる。必要なら弁護士につなぐ。

 

賛多弁護士:はい。それで十分です。

あたらしいニュースを見たとき、「面倒くさいな」と思うのではなく、「この制度は何を守るためにあるのだろう」と考えてみてください。そこに会社経営のヒントがあります。

 

石田社長:ありがとうございます。社内ルールと現場トークを整えたら、また見てください。

 

賛多弁護士:もちろんです。

***

退職代行サービスを提供していた会社が問題視された背景には、名称ではなく、本人の代わりに相手方と向き合い、権利義務の調整をする「代理」が含まれ得る、という点があります。

非弁行為の規制は、単なる業界防衛ではなく、弱っている当事者の前に「それっぽい人」が立って争いを動かす——いわゆる三百代言的なものを防ぐ意味を持ちます。

税理士系コンサルも不動産仲介も、現場に近いぶん、善意で一歩踏み込みやすい。だからこそ、役割分担を先に言語化し、必要な場面では専門家を適切に入れる。その姿勢が、結果として顧客の利益と、自社の信用の両方を守ります。

執筆:鳥飼総合法律事務所 町田覚

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