
数字に表れ始めた経営の苦しさ
ニデックの不正会計事案についての考察の続きです。前回はその真因について僕の考えをお話ししました。今回の論点は「いつからこうなったのか」です。
2020年から2021年にかけて、ニデックの時価総額は急拡大し、最盛期には約8兆円規模(PBRも約8倍)に達しました。しかしその後急速に縮小し、2022年にかけて大きく価値を失っています。
企業価値が低下するこの局面において、社内プレッシャーも苛烈化していったと推測できます。
ROE、株主資本コスト、及び両者の差であるエクイティスプレッドの推移を見ると、2022年から2023年にかけてROEが資本コストを大きく下回る局面に陥り、価値創造力が急速に毀損していたことがうかがえます。
とりわけ2023年3月期には、ROEが3.3%に低下する一方、株主資本コストは7.7%と、エクイティスプレッドはー4.4%となっています。
ROEの分子(利益率)も、2022年から2023年にかけて大幅に悪化しました。とりわけ2023年3月期は、営業利益率4.5%、当期純利益率2.0%まで低下。
このような局面でもなお高い営業利益目標の達成が強く求められ、2022年度第4四半期の構造改革でも「通期営業利益1,000億円確保」が前提とされ、営業利益は「100,081百万円」に着地しています。この辺、数字に苦しさがにじみ出ています。
過去の成功体験が、次の判断を狂わせる
業績悪化の直接的な原因は、永守氏が成長の原動力としてきた「待ち受け戦略」――将来の需要を見込んで、現時点で見込まれる受注台数を大幅に超える生産能力を整え、将来の顧客を待ち伏せする――の空振りにあります。
HDD用モータの将来性に関する市場予測に反して、将来の受注拡大を見込んで生産能力拡大のための先行投資を実行したことでHDD用モータの世界シェア1位を獲得した成功体験が永守氏にはありました。
永守氏は、EV市場の急拡大を前提に、電気自動車向けのE-Axleを2030年度売上高10兆円構想の成⾧エンジンと位置付け、販売台数計画も250万台から400万台へと引き上げました。
しかし現実には、中国を除くEV市場の減速と価格競争の激化により、数量拡大シナリオは崩れ、ニデックは数量追求から収益性重視へ転換を余儀なくされています。
EV関連事業をはじめとする次世代成⾧領域では、「待ち受け戦略」が必ずしも有効に機能しなかった。期待した成⾧や収益化が実現しない中でも、高い業績目標は維持され、過去の成功モデルへの固執が戦略修正の遅れを招いた。
その結果、事業の実力に即した現実的な経営判断よりも、目標未達を回避することが優先され、強い焦りとプレッシャーが会計不正を誘発する土壌となりました。
経営者の一義的な役割はリスクを伴う意思決定にあります。どんな経営者でも意思決定が外れることはある。
本件の本質は、強いリーダーシップそのものではなく、過去の成功体験に基づく戦略仮説の修正が遅れ、その焦りが過大な目標設定と組織への圧力を生んだことにあります。
問題の芽は、もっと早くから出ていた。会社が大きくなるほど、社長一人では見切れなくなる
このように振り返ると、「いつからこうなったのか」の答えは、E-Axleの「待ち受け戦略」が空回りし始めた2022年ごろであるように見えます。しかし、もっと早い段階でニデックの経営は負のスパイラルに突入していたというのが本当のところです。
ニデックに限らず、企業成⾧は次々と押し寄せる危機を克服していくプロセスです。創業期は創業者の決断が推進力のほぼすべてですが、組織の拡大とともにリーダーシップの危機が生じます。
指揮命令によって統率すれば「自律性の危機」、また、権限委譲を進めれば「統制の危機」。往々にして前段階の成功が次段階の危機となります。ニデックは統制が優先し、自立性が劣後した例として理解できます。
巨大化した組織に、従来の管理は通用しない
ニデックグループの規模が拡大する中、永守氏において「ハンズオン」の経営を独断的に行うことには限界があったと言わざるを得ない。報告書はこう指摘しています。
グループが巨大化する中、永守氏が「マイクロマネジメント」で経営するという体制そのものに歪みが生じていたことも事実であると思われ、その歪みが「負の遺産」を拡大させるとともに、その処理を遅らせ、新たな会計不正を生み出すことに繋がったことは否定できないと思われる。
「ニデックは、素晴らしい製品を生み出し続けたが、管理部門の人材育成・態勢整備が追いつかなかった。その歪みが今回の問題を生み出したと考えている」
「売上高1兆円、2兆円は、ニデックの潜在能力を出し切って達成することができた。しかし、3兆円の壁は高かった」
「ニデックが40周年を迎えた頃(2013年頃)から、ニデックが実力以上のことを達成しようとしているのではないかと思い始めた。このままでは危ないと思ったが、それまで勢いを付けて走り続けてきたものをすぐに止めることは難しかった」
という永守氏の発言からして、永守氏自身も、自らの経営管理能力が急拡大したニデックグループの規模・複雑性に対して限界に近づいていることをかなり前から認識していた可能性が高い。
ニデックは、海外売上高比率が2008年3月期の50%から2025年3月期には84%へ上昇し、グループ会社数も128社から342社へ拡大するなど、事業の地理的広がりと組織の複雑性を急速に増大させてきました。
これにより、経営管理に求められる能力は量的にも質的にも大きく変化したはずです。しかし、実際の運営は依然として創業者の強い関与と従来型の統制に依存していました。
社⾧交代が相次ぎ、権限委譲が十分に定着しなかったことは、その管理モデルの転換が成功していなかったことを示しています。
時価総額が大きく拡大する前、すなわち永守氏から吉本氏へ、吉本氏から関氏へと、短期間で社長が交代した2018年から19年ごろには、ニデックの経営はすでにおかしなことになっていたと推察できます。
社長が手を離す勇気を持てるか
経営者、とりわけ創業者が自らの経営能力の限界を認識するのはほとんど不可能です。ですから監視すべき社外取締役、特に社外監査等委員の牽制機能が十分に発揮されなければなりません。
この点でニデックのガバナンスは甘かったのでしょうが、いくらやり手の社外取締役でも、2022年よりも前に問題の芽を発見し、メスを入れることは難しかったでしょう。
だとすれば、何よりも大切なことは、強烈な指導力をもった経営者が一定の段階からリーダーシップの危機を回避する努力をすることにあります。
権限移譲は経営者にとって(少なくとも主観的には)リスクです。しかし、そのリスクを取らなければ、自律性の危機が待ち受けています。僕の考えでは、これがニデックの不正会計から学ぶべき最重要ポイントです。























