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ベンジャミン・フランクリンに学ぶリーダーシップ(3)ESGやSDGs…社会と企業の向き合い方

楠木建の「経営知になる考え方」

リーダーに「自己犠牲」の精神は必要か?

 フランクリンは生涯を通じて実利を求めた人だった。しかし、スケールが大きい。彼が追求した利得は彼だけのものではなかった。自分の周囲にあるコミュニティーの人々、ひいては社会全体にとって得になることを常に考えていた。だからといって、自分の利得を劣後させ、自己犠牲の精神を発揮したわけでは決してない。自分の利得になることが社会全体にとっても利益になればなおよい。

 さらに重要なこととして、社会にとって大きなスケールで得になることをした方が、自分にとっての利得も大きくなる――表面的には矛盾するかのように見える利他と利己が無理なく統合されている。ここにリーダーとしてのフランクリンの思考と行動の最大の特徴がある。

ベンジャミン・フランクリンの「私利私欲」の満たし方

 フランクリンがクラブやその図書室を作った動機は私的利益に基づいている。知識欲が強く、真理の探究を最上の愉しみとする彼にとって、クラブや図書室は自分の欲求を実現するためのものだった。

 図書室にメンバーが蔵書を持ち寄れば自分が持っているわずかな蔵書よりも多くの知識に触れることができる。しかし、それは自分以外のメンバーにとっても同じことだ。私欲といえば私欲だが、それが真っ当な欲望であれば必ず他者にとっても利得になる。フランクリンは幼少時からこの人間社会のポジティブな原理原則を本能的に理解していた。

 図書室を発展させた公共図書館の設立についても同じ成り行きだった。フランクリンが生涯をかけて追及した実利は自分を向いた損得勘定にとどまらなかった。コミュニティーや社会全体の利得の極大化を志向するものだった。フランクリンの欲は自分の利得だけでは満たされなかったのだ。それだけ欲が深かったと言ってもよい。

 フランクリンがつくった公共図書館はその後アメリカに数多く生まれた会員制図書館の原型となった。「図書館ができたことで、この国の人々は知的な会話ができるようになった。平凡な商人や農民が、いまや他国の紳士たちに劣らないほどの教養を身につけている。すべての植民地の住民が、自分たちの権利を守るために戦えたのも、図書館があったおかげではないかと私は思っている」――自分の実利的動機から始まった活動が社会全体のスケールで実現して、ようやくフランクリンの欲は満たされることになる。

「私的な利益の追求」は、ポジティブかつ大きなスケールで

 フランクリンのプラグマティズムはいくつもの大成果として結実した。しかし、彼の実利を求める姿勢は一攫千金の大勝負とは一線を画していた。その手の「大勝負」は実際のところごく小さな私欲を動機としているものだ。先の図書館の例にあるように、ほとんどの場合きっかけは日常生活の中にあるちょっとした問題解決にあった。「人間の幸福というものは、ごくまれにやってくるすばらしい幸運からでなく、日々の生活の中にあるささやかな利益から生まれるものだ」――これがフランクリンの信念だった。

 当時のフィラデルフィアの道路は舗装されていなかった。雨が降ると、重い馬車の車輪で地面がぐちゃぐちゃになる。空気が乾燥すると、土ぼこりが舞って大変なことになる。これを不便に思ったフランクリンは道路を舗装すべきだという主張を文章にまとめて発表し、問題解決に注力した。その甲斐あって、やがて道路の一部が石で舗装され、靴を汚すことなく通りを歩けるようになった。

 しかし、道路の一部は未舗装だったので、馬車が通るたびに舗装の上に泥が積もっていった。そこでフランクリンが道路の掃除をしてくれる人を探した。勤勉ではあるが生活に困っている男が見つかった。事情を話し、掃除を依頼すると、「この地域の各家庭が毎月6ペンスずつ払ってくれるなら、喜んでお引き受けします」という答えだった。フランクリンはわずかな金額でどれだけの利益が得られるかを近隣の住民に告知する活動を展開した。

 靴に泥がつかないから家をきれいにしておけるとか、道路を歩くのが楽になるから客足が増えるとか、風が強い日でも商品がほこりまみれにならないから商売のためになるなどと、例によって細かい具体的な利得を記したパンフレットを印刷し、各家庭に配った。どれだけの家がこの考えに同意したかを調べると、一件残らず賛成だということが分かった。掃除夫の男による週に2回の道路掃除が始まった。フィラデルフィアの人々は道路がきれいになったことを喜んだ。「いっそのこと全部の道路を舗装した方がよい。そのためなら喜んで税金を払う」という世論が形成され、フランクリンの道路舗装の主張は実現に至った。

リーダーは「人間と社会の本質」を見極め、善用せよ

 今日の言葉で言えば「社会共通価値」、これこそがフランクリンが追い求めた成果だった。富や権力の集中から背を向けたフランクリンの生き方はアメリカの人々から絶大な支持を受けた。しかし、ここで注目すべきは、社会の利益のために自分の利益を犠牲にしているわけではないということだ。社会に共通した価値ということだけでなく、自分の利益が社会全体の利益と共通している。フランクリンの目的設定は常にこの意味での共通価値を向いていた。

 フランクリンは現代のESGやSDGsを先取りしていたのか。そうではない。企業が社会的存在であることは今も昔も変わらない。人間の本性やそれによって構成される社会の本質もまたフランクリンの時代から変わらない。変わらないことにこそ本質がある。世の中の不変にして普遍の本質をつかむ人は、国や時代がどうであれ、同じ結論に到達するというだけの話だ。人間と社会の本質を見極め、その本性を善用する。そこに古今東西のリーダーの本領がある。

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