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戦略立案において「シナジーおじさん」があまり信用できない理由

楠木建の「経営知になる考え方」

競争戦略のキモは「競争相手との違いをつくる」こと

 子どもの頃、はじめてタマゴサンドを食べたとき、その美味しさに驚いた。美味しいのだけれど、パンに挟んである薄黄色のペースト状のもの、この正体が判然としない。次の機会に母の製造工程を見学してみた。それがゆで卵を粉砕してマヨネーズであえたものだと分かり、もう一度驚いた。

 ゆで卵とマヨネーズと白いパン、それぞれ別個にはそれまでに何度も食べたことがある。しかし、それらが三位一体となって「タマゴサンド」になる。味といい舌触りといい、何ともいえない美味しさ。組み合わせの妙に感動した。

 私見では、数あまたある組み合わせの妙の中でも、世界ヘビー級チャンピオンは何といってもカツカレーだ。とりわけ、カリカリ揚げたてのカツの衣がどろりとしたカレーのソースに徐々に侵食されて柔らかくなっているところの舌触りがたまらなくイイ。

 僕の専門の競争戦略の話である。競争の中で長期利益を達成するための手立て、それが競争戦略である。競争があるのに儲かるのはなぜか。それは端的にいえば「競争相手との違いをつくる」ということだ。違いがあるから選ばれる。で、売れる。だから儲かる。

戦略の正体は「組み合わせ」や「シナジー」ではない

 ここまで読んで、読者諸賢は「戦略の本質もまた組み合わせの妙にあるという話をしようというのだな……」とお思いだろう。しかし、そうではない。むしろ逆で、戦略とは組み合わせではない、ということを言いたいのだ。

 経営者の中には、やたらと「シナジー」という言葉を連発する人がいる。「相乗効果を発揮して……」というフレーズが大好き。こういう人を私的専門用語で「シナジーおじさん」と言う。僕はそういう人をあまり信用しないようにしている。

 学校の数学で「順列・組み合わせ」を習ったのを覚えているだろう。戦略の正体は、組み合わせにはない。そこに意図された順列にある。戦略は個別の打ち手を時間的な奥行きの中に配列した「ストーリー」でなくてはならない。競争の中で他社との違いをつくっているのは、個別の打ち手よりもむしろ、それが論理的な時間軸の上でつながったストーリーにある。

 ようするに「順番の問題」なのである。これが僕の「ストーリーとしての競争戦略」の根幹にある考え方だ。「シナジーおじさん」は戦略を組み合わせの問題としてとらえているフシがある。そこに勘違いがある。

素材だけで勝負することの難しさ

 食べ物の例に戻って説明しよう。タマゴサンドやカツカレーといった秀逸な組み合わせを最初に思いついた人は確かに偉い。しかし、組み合わせの発案には「コロンブスの卵」の面がある。優れた組み合わせは多くの顧客を惹きつける。ところが、その組み合わせが美味しくて売れると判明すると、他社もすぐに同じことをする。カツカレーのない大衆食堂はない(あるかもしれないが、そういうところには行きたくない)。競争がある以上、「違い」でなければ意味がない。ところが、それがとてもよくできた組み合わせであるほど、自由競争の中では違いになりにくい。

 カツカレーはどの店にもある。だとすれば、お客さんにとってより美味しい、差別的な価値があるカツカレーにするにはどうしたらよいか。誰もが思いつくひとつの手は、使う素材をより優れたものにするということだろう。契約農家から直送される最上等のお米、選び抜かれた豚肉、それを揚げるのは最高品質の油、希少なスパイスをふんだんに投入したカレーソース。こういう特別の材料を使ってカツカレーをつくる。さぞかし美味しいだろう。

 ところが、この手には少なくとも3つの問題がある。第1に、素材に凝れば凝るほどコストがかかる。第2に、価格の多寡を問わず、こうした優れた食材は市場で流通している。カネを出さなければ手に入らないが、裏を返せば、カネさえ出せば買うことができる。自分の畑や牧場で素材からつくるのであればいざ知らず、カネで買えるものは決定的な差別化にはならない。第3に、素材の美味しさに頼ると、限界効用低減の問題に直面する。カツに使っていたその辺の安い豚肉を倍の値段の高級肉に変更したとする。最終製品であるカツカレーははっきりと美味しくなるだろう。さらに倍の値段の最上級の肉にしたとする。ところが、最終製品の質の向上に対するインパクトは前ほどではない。素材の質に頼ると、コストのほうは青天井だが、限界的な効用は低減する。

競争相手との違いを生む「順番」にこだわれ

 以上の理由で、素材一本やりで味をよくしようというのは筋が悪い。だから、もう一つのアプローチが必要になる。当たり前の話だが、料理の腕を上げることによって美味しくするという手である。

 料理の本質は順列にある。このことはレシピを考えると分かりやすい。明文化されているかどうかは別にして、優れた料理人は独自のレシピを持っている。レシピには使う素材や調味料、それぞれの分量などさまざまな情報が含まれているが、とくに重要な意味を持つのは「手順」についての情報である。先に何をどこまで下ごしらえしておくのか。何をどういう順番で鍋に入れどれぐらいの時間煮込むのか。そのあとどれぐらい寝かせておくのか。肉にどういう手順で衣をつけて揚げるのか。こうした時間的奥行きをもった知識や技能が料理のノウハウの中核を構成している。

 材料やその組み合わせであれば外からある程度まで推測できる。しかし、手順は外からなかなか見えない。だから料理人はレシピを秘匿する。差別化と競争優位の源泉は順列にある。

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