顧問弁護士である賛多弁護士は、SaaSビジネスを営む柴田社長から借入れによる資金調達に関する相談を受けています。
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柴田社長:先日は大変お世話になりました。
賛多弁護士:開発も順調だと伺っていますが、いかがでしょうか?
柴田社長:お陰様で、新機能の開発を進めているのですが、エンジニアの採用などでかなりの費用が掛かっております。これまでは株式を発行して資金を集めてきましたが、今回は借入れも組み合わせられないかと考えております。ただ、当社には有形資産がありませんので、担保に入れられるものがないのです。
賛多弁護士:以前(第138回参照)、デット・ファイナンスは別の機会にとお話ししたままになっていましたね。御社のような会社が使える借入れの手段は、実はいくつもあります。日本政策金融公庫の資本性ローンは、赤字であれば低い金利で借りることができます。信用保証協会の保証付き融資にも、経営者保証を求めないスタートアップ向けの制度がありますね。ほかにも、金利を抑える代わりに新株予約権を付けるベンチャーデットや、将来の売上を前提に手数料で資金を出すレベニュー・ベースド・ファイナンスといった手法が出てきています。
柴田社長:そうしたら会社はどのような形で借り入れているのでしょうか。
賛多弁護士:提供するサービスにもよりますが、SaaSは将来のキャッシュフローが比較的読みやすい、というのが出発点です。実務では、月次の経常収益が500万円から1,000万円ほど出ていれば対象になるとか、エクイティで10億円を調達するのに合わせて借入れで2、3億円というように、調達ラウンドの2、3割を目安にする、といった目線が語られていることもあります。ベンチャーキャピタルから出資を受けていること自体も与信の材料で、日本政策金融公庫の制度には、それを要件とするものもありますね。
柴田社長:そうなのですね。ところで、担保について新しい制度ができたと耳にしたのですが。
賛多弁護士:2026年5月25日から「事業性融資の推進等に関する法律」、いわゆる事業性融資推進法が施行されまして、「企業価値担保権」という担保権を設定することができるようになりました。これまでの担保権は、この土地に抵当権を、この売掛金に質権を、というように個別の財産に着目するものでしたが、企業価値担保権は、会社の総財産を一体のものとして担保の目的とするものです。知的財産、顧客基盤、ノウハウ、のれんといった無形の資産や、将来生み出されるキャッシュフローも含まれます。設定できるのは会社法上の会社に限られますので個人事業主は使えません。商業登記簿への登記が効力の発生要件です。
柴田社長:そのようなものができたのですね。ただ、会社の財産が丸ごと担保に入ってしまうと、日々の商売に差し支えてしまうのではないでしょうか。
賛多弁護士:通常の事業活動の範囲内であれば、これまでどおり自由に使用、収益及び処分をすることができます。ただ、重要な財産の処分など通常の事業活動の範囲を超える行為には担保権者の同意が必要となります。なお、担保権者となるのは免許を受けた企業価値担保権信託会社で、信託の形をとります。
柴田社長:個人保証も付けないといけないのでしょうか。
賛多弁護士:企業価値担保権の被担保債権については、仮に経営者の方が保証をしていたとしても、その保証の履行を請求することは原則としてできません。粉飾決算といった一定の約定違反を条件とする保証は例外的に認められていますが、事業が伸びなかったというだけで社長個人が追い掛けられることはない、という建付けとなっています。仮に実行されることとなっても、裁判所が選任した管財人が事業を継続したまま事業譲渡によって換価するのが原則で、従業員の給与や取引先への支払にも配慮した仕組みが設けられています。
柴田社長:良いことばかりに聞こえますが、気を付けるべき点はどこになりますか。
賛多弁護士:まず、総財産が担保の目的となりますので、後から追加で担保を差し入れて借りるということが難しくなります。次に、事業の将来性を評価してもらう以上、事業計画やキャッシュフローについて継続的に説明を求められますし、信託報酬や登記のコストも掛かります。実行されれば、個人資産は守られるとしても、事業ごと譲渡されて経営権を失ってしまいます。それから、免許を受けた金融機関は200近くに達している一方、実際に融資が実行された案件はまだ限られていて、実例に乏しいという点は念頭に置いてください。
柴田社長:どういった会社に向いているのでしょうか。
賛多弁護士:御社のように、価値の大半が人材や技術、顧客基盤にある会社が典型例です。後継者に個人保証を引き継がせたくないという事業承継の場面もよく挙げられていますね。ただ、数億円を次の調達までのつなぎとして借りるだけであれば、先ほどのベンチャーデットの方が手続は速いですし、多額の資金を長い期間借りる場面での利用が向いているように思います。
柴田社長:逆に、向いていない会社もあるということですね。
賛多弁護士:はい。十分な不動産をお持ちで低い金利で借りられている会社は、総財産を担保に入れる理由がありません。信用保証協会の保証付き融資が中心の会社も注意が必要で、保証付きの債権は被担保債権から除外するという整理が原則のようですので、既存の借入れとの切り分けが必要です。また、1行に総財産を担保として差し出すこととなりますから、複数行との取引を大事にしたい会社にも向きません。
柴田社長:そうなのですね。取引銀行にも聞いてみて、勉強してみます。
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2026年5月25日、「事業性融資の推進等に関する法律」が施行され、企業価値担保権を利用できるようになりました。金融庁からは制度の概要やFAQ、ガイドラインが公表されています(参照URL:https://www.fsa.go.jp/policy/kigyoukachi-tanpo/index.html)。
借入れによる資金調達の手段は年々増えていますが、それぞれに法令上の規制と手続があり、自社に適した手段も事業の性質によって変わります。専門家にご相談いただき、必要な手続を予めご確認されておくことをお勧めいたします。
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 鵜飼 剛充



















