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人間学・古典

第32回 「歴史は変わる」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 昨年、アメリカが2001年9月11日に起きた「同時多発テロ」の折に、「極秘扱い」とされていた資料を20年が経過して開示に踏み切ったニュースは記憶に新しいところだ。古い新しいに関わらず、過去の歴史は固定されているようでも、新たな発見で動いてゆくものだ。

 

 小学校で「鎌倉幕府の成立は1192年」と教わり、語呂合わせで「イイクニ作ろう鎌倉幕府」とその年号を暗記した方も多いだろう。現在では、それが「1185年」となり、「イイハコ作ろう鎌倉幕府」となっている。1192年は源頼朝が征夷大将軍に任じられた年で、1185年は朝廷から「勅許」を与えられ、諸国へ守護・地頭の設置を認可された年で、壇ノ浦の戦いで平氏を滅ぼした年でもある。名実共に、「武家社会」が始まった基準を、「役職」から「役職+行動」で考え直した結果の変更とも考えられる。他にも、「ムシゴロシ大化の改新」と習ったものは、現在は「乙巳の変」となっている。

 

 ここまで古くはなく、また、さほど大きな議論にもなっていないが、昭和20年8月15日の「終戦記念日」も9月2日、との説もある。8月15日の昭和天皇の「玉音放送」は、連合軍が示した「ポツダム宣言」を受諾する旨を天皇が歴代の天皇の中で初めて民衆にその肉声で伝えた日である。実際に宣言に調印され、それが効力を発するのは月が変わって9月2日、横須賀沖に浮かんだ戦艦ミズーリ号の上で、外務大臣の重光葵が署名をした瞬間である。したがって、実質的な「終戦」は9月2日ではないのか、という論拠だ。わずか70数年前の歴史的事実でも、考え方、捉え方によっては変わる可能性がある。

 

 国家の歴史でさえこうした発見や解釈により変更になる場合がある。これが個人となれば、その「歴史」はより曖昧になる。国家の歴史は必ずと言っていいほど複数の眼による記述が残されているが、個人の場合はそうではなく、また、そうだとすればうっかり冗談も言えない。その中で、自分の記憶と、その場にいた第三者の記憶が異なることもあれば、時系列で物事が想い出せず、混乱したり忘れたりすることは珍しくない。作家の三島由紀夫は、自分が生まれ落ち、盥で産湯をつかっている瞬間の光景を覚えていると書いていたが、それはともかく、どれほど記憶力の優れた人でも、間違いがないことはない。また、人間の記憶は後から情報が付け加えられるため、覚えていることのどれほどが真実なのかも判別しにくい。

 

 組織では立場が上に行けば行くほど、その判断は重要なものとなる。しかし、人間のやることだ、記憶違いも間違いもある。その時に、自分が正しいと思い込んでいた「自分の歴史」の訂正ができるかどうか、これはなかなかに難しい。周囲の眼や、自らの威厳・プライドの問題もある。たださえ誰しも間違いは認めたくないが、ここで記憶の訂正、勘違いの修正をできるかどうかは意外に大きな問題かもしれない。

 

 世界の歴史は、多くの人が信じていたものを新しい根拠を元に、より正確に訂正するものだ。個人の歴史はそれほどの規模ではないにせよ、トップに立つ者自らが間違いを認め、修正するかどうか、部下たちは見ている。一部の政治家には、一度口に出した言葉はどんな言い訳を駆使しても訂正しない人もいる。そうではない柔軟な姿勢が持てるかどうか。 

 

 これは、実は「プライド」だけの問題ではない。古来から我々の無意識を支配している「言霊」の問題でもあるのが、考えようによっては面白い。

 

 いつ、と年号を断定することは不可能だが、我々日本人は他の民族に比べ、「言葉が霊力を持つ」という強い言霊の思想と共に生きてきた。「縁起が悪い」とは今でも使われ、言われることがある。仮に、そうした言葉を使った結果、良くないことが起きてもそこに科学的な因果関係はない。しかし、科学では割り切れない「何か」を見出し、感じるが日本人の「言霊」意識なのだ。

 

 組織のリーダーが自分であれ会社であれ、過去の歴史を訂正などの事態が起きた時に「自分の見られ方が変わるのではないか」などの想いが去来するかもしれない。しかし、それは思い過ごしではないだろうか。僅かな歪みやずれであろうが、率先垂範してそれを正そうとするリーダーに、悪意やそれに似た感情を抱く人がいたとすれば、それは「個人的な感覚」でしかなく、仕事に影響するものではないからだ。

 

 アメリカが20年前の同時多発テロの当時の機密を開示した話から始まり、個人としての問題にまでテーマが矮小化したように見えるが、実は本質は同じではないか。「事実」と「真実」の違いだ。多くの人の目の前に見えている「事実」がすべて「真実」だと限らないのがややこしいところでもある。事実はどうあれ、真実を語る勇気を持つことが、真のリーダーシップの一つとも言えるのではないだろうか。世界の歴史の歩みからすれば小さな一歩でも、資質あるリーダーとその部下のためには「大きな一歩」になることは間違いがない。

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