年明け早々の1月4日夜、岸田文雄首相は東京都内のホテルで垂秀夫駐中国大使と会食した。首相はその後、BSフジ番組に出演し、「(垂氏との会話の)中身は言えないが、欧州、米国も中国との関係はしたたかにいろいろな工夫をしている。日本もしたたかな外交が求められると思いながら話を聞いた。表面だけ見ていると間違ってしまう」と述べた。
岸田首相が述べた欧米のしたたかな対中外交は一体どんなものか? 日本は本当に「したたかな外交」を展開することができるだろうか? 本稿は検証を進めたい。
◆「外交ボイコット」宣言の米国、北京五輪に外交官ら46人派遣
昨年12月6日、アメリカのバイデン政権は、「中国の人権」問題を理由に、北京冬季オリンピックに政府関係者を参加させない「外交的ボイコット」を実施すると声高らかに宣言した。
だが、この呼びかけに呼応する国が少なく、今年1月23日時点でオーストラリア、イギリス、カナダ、リトアニア、デンマークなど5ヶ国にとどまっている。米同盟国のフランス、イタリア、韓国などは北京五輪に「外交ボイコット」しないと明言している。
一方、ロシアのプーチン大統領をはじめ、パキスタン首相、モンゴル首相、カザフスタン大統領及び国連事務総長らが相次いで北京五輪出席を表明している。
特に、バイデン大統領のメンツを潰したのは米同盟国ポーランドだ。ロイター通信によれば、ポーランドのドゥダ大統領は来月開催される北京冬季五輪に出席し、中国の習近平国家主席と会談すると、政府高官が18日に述べた。ドゥダ大統領の外交顧問Jakub Kumoch氏はロイターに対し「ポーランドは主権国家であり独自の対中政策を実施する。ポーランドは米国の同盟国だが、中国とも非常に友好的な関係にある」と語った。
筆者の予測だが、最終的に北京冬季五輪に出席する外国首脳や国際機関トップの数は、東京五輪(12人)を大きく上回ることになるだろう。バイデン政権の「外交ボイコット」が不発に終わる可能性が高い。
こうした一連の動きのなか、バイデン政権のスタンスも微妙に変わっている。昨年12月24日、香港紙サウス・チャイナ・モーニングポストは、22年2月に開かれる北京五輪・パラリンピックに向け、米国が政府関係者18人のビザを北京に申請したと報道。中国外務省の趙立堅副報道局長も27日の定例会見で、北京冬季五輪に関連して米政府関係者からビザ申請があったことを明らかにした。
さらに、同紙1月19日の報道記事によれば、中国側は来月4日に開幕する2022年北京冬季五輪に参加する米国政府関係者46人に対するビザ発給を承認したという。46人の大半が国務省に所属すると、消息筋は説明した。
米国務省は政府関係者のビザ申請について、「あらゆるビザ申請は、領事館と警備担当者のためのものだ。これらの人員を(五輪の)現場に置くことは“標準的な”措置で、これらの人員は大会における公式の、あるいは外交的な代表団を形成するものではない」と説明している。しかし、いくら強弁しても、ビザ申請者は米外交官など政府関係者である事実が否定されない。
「外交ボイコット」と宣言しながらも、外交官など政府関係者を派遣する。中国側はバイデン政権の言動を「茶番劇」と批判しているが、これは正にアメリカ外交のしたたかさと言える。
◆政経分離、政治よりビジネス実利を求める米国
今月14日、中国家庭用医療機器メーカー、天津九安医療は米国子会社を通じて、米陸軍契約司令部(ACC)と米国保健福祉省(HHS)から新型コロナウイルス抗原検査キットを受注したと発表した。受注額は12億7,500万米ドル(1,450億円)にのぼる。契約によれば、同社は60日以内に2億5,000万人分の検査キットを米側に提供するという。
この大規模な受注案件に注目すべきポイントは2つある。1つ目はバイデン政権が対中制裁を次々と発表し、米中対立が激しさを増すなかでの大型ビジネス案件である。発注先の米陸軍契約司令部(ACC)と米国保健福祉省(HHSは、民間企業ではなく軍隊と政府部門である。米国側の政経分離の姿勢が窺える。
2つ目は中国製検査キットの価格の安さだ。アマゾンが米国で販売している自社ブランドの在宅検査キットの市販価格39.99ドル(約4400円)に対し、中国九安医療から輸入した検査キットの単価は運賃を含め5.1ドルで、圧倒的に安い。バイデン政権は中国から製造業やサプライチェーンの国内回帰を呼び掛けているが、上手く進んでいないのは実態である。国内生産のコストが中国製より遥かに高く、市場に逆らえないからだ。米陸軍と政府部門が中国医療機器メーカーに発注する、12億7500万ドルにのぼる新型コロナウイルス検査キット案件はその一例に過ぎない。
実際、東西冷戦期の米ソと違い、今の米中2大国は経済で互いに深くビルドインされている。米政権は米中分断を図ろうとしても、現実的にはなかなか分断できない。これは厳しい現実である。
例えば、米中貿易戦争である。トランプ政権が対中制裁関税を発動し、中国に貿易戦争を仕掛けたのは2018年7月の出来事である。しかし、皮肉なのは貿易戦争の結果、米中貿易拡大という逆効果がもたらされている。
出所) 中国税関統計により沈才彬が作成。
図1に示す通り、中国の税関統計によれば、米中貿易戦争勃発の翌年2019年に、中国の対米輸出も輸入も確かに一時的に減少したが、20年からは2年連続で急増している。トランプ政権誕生前の2016年に比べれば、21年に中国の対米輸出は3,852億ドルから49.6%増の5,761億ドルへ、対米輸入も1,344億ドルから33.6%増の1,795億ドルへと拡大。対米貿易黒字が2,500億ドルから3,966億ドルへと、58.6%も増えた。中国の対米輸出と貿易黒字のいずれも史上最多を記録している。
市場に逆らえないとすれば、政治やイデオロギーよりビジネス実利を重視する選択を行う。昨年に全米商工会議所など31の米主要経済団体が、中国との貿易交渉を再開し、速やかに関税を撤廃するよう求める書簡をバイデン政権に連名で送付した。産業界の要望に続き、今月20日に米下院超党派議員141人は連名で、米国通商代表部(USTR)のキャサリン・タイ代表に宛てた書簡を送り、対中追加関税の適用除外手続きの拡大を要請した。署名した超党派議員団のほとんどは人権問題、台湾問題、香港問題、新彊ウィグル問題などで中国を非難・制裁する決議案に賛成票を投じた政治家たちである。
政経分離で実利を取る。これも米国のしたたかさと言える。我々は米国を見る時、「表面だけ見ていると間違ってしまう」(岸田首相)ことになる。
◆「親米睦中」こそ、日本は始めて「したたかな外交」が出来る
自由や民主主義など、米国と同じ価値観を持つ欧州諸国も、中国に対し、政経分離でしたたかな対応を行っている。図2に示す通り、2021年中国のEU向け輸出は前年比で32.6%増となり、主要国・地域のうち、最大の伸びを果たした。EUからの輸入も19.9%増えた(図3を参照)。
出所) 中国税関統計により沈才彬が作成。
出所) 中国税関統計により沈才彬が作成。
岸田首相は「日本もしたたかな外交が求められる」と述べているが、本当に「したたかな外交」ができるだろうか。少なくとも過去1年間、日本は出来ていなかったと、筆者は思う。
安倍・菅両政権の下で、日本は「対米一辺倒」外交を展開し、米国による「中国包囲網」に積極的に加担してきた。習近平政権の強硬姿勢に加え、日中関係は国交樹立以来、最悪の局面を迎えている。
経済関係においても、欧米に比べれば、日本は遜色している。図2と図3に示すように、中国税関の発表によると、2021年中国から日本向けの輸出が16.1%増、日本からの輸入も17.7%増にとどまっている。主要国・地域のうち、日本は輸出と輸入の両方とも最低の伸び率を記録。
貿易データから見れば、欧米は中国に対し「政冷経熱」だが、日本だけが「政冷経冷」だ。この意味では、岸田首相が述べる「日本もしたたかな外交が求められる」は正しいと思う。
特に中国新エネ車における日本企業の存在感の希薄さが懸念される。
中国汽車工業協会の発表によれば、21年国内新車販売は2,627万台で、前年に比べ96万台(3.8%増)を増え、4年ぶりにプラス転換を果たした。うち、新エネ車は352.1万台が販売され、20年に比べれば215.4万台も多く、2.6倍に相当する。新車販売に占める新エネ車の割合も13.4%と、20年の5.4%から一気に高まった。言い換えれば、新エネ車の急増が無ければ、昨年の中国新車販売台数は増加ではなく、大幅の減少となる。
ところが、新エネ車分野における日本企業の存在感が極めて希薄だ。乗用車の実例を見よう。昨年日系車の中国販売台数は442.5万台で前年より23.6万台が減少し、市場シェアも23.1%から20.6%へと縮小した(図4を参照)。マスコミは販売台数減少の主な原因は車用半導体チップの不足と説明しているが、実際は違う。一番大きな原因は日系メーカーが電気自動車(EV)に出遅れたことにあると、筆者は見ている。
出所) 中国汽車工業協会の発表により沈才彬が作成。
「2021年中国新エネ車販売ランキング」ベスト15の顔ぶれを見れば、日系メーカーの存在感の無さがわかる。ランキングに米テスラやBYD、理想汽車、小鵬など中国メーカーが名を並んでいるが、日本メーカーの姿がなかった。
中国自動車協会は22年の新車販売台数が2750万台になると予想し、うち新エネ車は、日本国内の新車市場規模を上回る500万台の販売が見込まれる。日系メーカーはEV市場で存在感を示せなければ、中国の急激なEVシフトに伴い、世界最大市場から敗退する可能性が現実味を帯びてくる。
要するに、対中国関係において、日本の政界も経済界もしたたかさが見えてこない。筆者はかねてから「親米睦中」(米国に親しく、中国と仲良く)を唱えてきた。対中輸出が全体の26.3%(香港を含む)、対米が17.8%を占める日本にとって、「米国一辺倒」が国益に叶う選択とは思われず、「したたかな外交」が出来る筈もない。「親米睦中」こそ、バランスを取れる真の「したたかな外交」が初めて実現可能ではないか、と筆者が思う。