前回のLouis Vuitton編では、ラグジュアリーブランドが”特別な体験”として店舗内カフェをどう活用しているかを紹介した。今回はその対極ともいえる「日常性」を武器にしたユニクロの事例を取り上げる。「ショップ内カフェ」という手法は同じでも、その意味と戦略はまったく異なる。ブランドがカフェを併設する背景には、いま、どんな変化が起きているのか、その多様な答えを探っていく。
“日常化する非日常” ─ ユニクロが挑む「時間を使ってもらうブランド」戦略
ニューヨークの五番街。ラグジュアリーブランドがひしめくこの象徴的な通りで、ユニクロが店内に仕掛けた「Uniqlo Coffee」は、単なるカフェ併設以上の戦略的意味を持つ。前回紹介したLouis Vuittonの事例とは、狙いも構造もまったく異なる文脈で展開されるこの取り組みは、マス向けブランドが直面する課題への回答とも言える。
Photo: Niena Etsuko Hino
店舗エントランスにあるUNIQLO COFFEEの立て看板
「価格優位性 × 体験接点」─ 新たなブランド進化の道筋
ユニクロ五番街店の2階に開設された「Uniqlo Coffee」は、以前スターバックスが営業していたスペースを活用し、コーヒーや抹茶ラテなどのドリンクを提供している。しかし、この空間の意味は、単なる「カフェ機能の追加」を大きく超えている。
ユニクロのアメリカ地域マーケティング責任者であるニコラス・セソット氏は、「このカフェでは、顧客がリラックスしながらブランドとのつながりを深められる空間を目指している」と述べている。ここには従来のユニクロが抱えてきた構造的課題への対応が込められているようだ。
ユニクロの本質は「誰でも入れる」「用がなくても寄れる」気軽さにある。しかし、その親しみやすさは、時として「価格以外の差別化要素が乏しい」というジレンマを招く。商品の質は高いが、競合との感情的な差別化には限界があった。カフェという空間は、この課題に対する戦略的な解答として機能している。
Z世代が求める「ブランドの試着」
もう一つの大きな変化は、顧客の消費行動そのものにある。Z世代以降の消費者は、商品を買う前に「そのブランドの世界観を試着したい」と考える。ただし、この「試着」は衣服ではなく、空間や雰囲気を通じて行われるのだ。
McKinseyの調査によると、Z世代はミレニアル世代以上に実店舗での”体感”を重視しながらも、優れたオンライン購買体験も求めているという。特に、テクノロジーを活用した店舗環境においても『歓迎され、尊重される』”人間的な温かみ”が重要視されており、実店舗はブランド体験の重要な場として再評価されている。
2025年3月14日にオープンした「Uniqlo Coffee」は、まさにこの需要に応えた事例である。北米初のUniqloのカフェでは、抹茶ラテを飲みながらブランドの「日本的なシンプルさ」を体感できる。顧客は商品を手に取る前に、そのブランドが提供するライフスタイルを「味わう」ことができるのだ。
また、カフェに向かう動線上に、仕掛けがある。エントランスから入り、カフェに向かうには正面左右の階段を上がっていく。すると、カフェのある階にたどり着く途中に踊り場があり、UNIQLO BOOKSHELFと名のついた大きなディスプレイ棚がある。そこには主に日本のポップカルチャーに関する本や漫画、おもちゃ、小物などが置かれており、その前には座ってくつろげるスペースも設置されている。顧客はユニクロの商品を手に取る前に、そのブランドが提供する日本の人気あるライフスタイルの一面を「味わう」ことができるようになっているのだ。
Photo: Niena Etsuko Hino
UNIQLO BOOKSHELF
日常に入り込む”余白”としてのカフェ機能
ユニクロが目指すのは、生活インフラのような存在だ。しかし、その「無個性さ」ゆえに、感情的なブランド接点を持ちにくいという逆説的な課題も抱えていた。カフェという余白は、単に商品を「買う」以外の動機で訪れる理由を創出し、関係性の多様化を担う場として作られている。
「買う予定はないけれどコーヒーを飲みに立ち寄る」「混雑を避けて落ち着いて商品を見たい」といった行動が、「なんとなく好き」「ついでに立ち寄る」といった情緒的なブランド定着につながる。
Photo: Niena Etsuko Hino
UNIQLO COFFEE
実際、ニューヨークの五番街で軽くコーヒーを飲みたいと思っても、手軽でリーズナブルな場所は限られている。しっかり座れるカフェは時間とコストがかかり、逆にさっと買える店には座る場所がない。その点、Uniqlo Coffeeは「気軽に一人で立ち寄れる場所」として重宝される存在だ。
筆者自身も、五番街周辺でコーヒーを飲みたくなったとき、Uniqlo Coffeeを“ストックしている情報”の一つとして頭に置いている。もちろん、コーヒーが目当てで店に入るため、最初から買い物するつもりはない。だが、実際に店内に入れば、自然と商品が目に入る。結果、「あ、これいいかも」と購入してしまう可能性は十分にある。
このように、「まず来てもらう理由をつくる」、それが「コーヒーで一休みできる場所を提供する」という形で実現されているのは、非常に巧妙な仕組みだ。観光地のど真ん中で“気軽に立ち寄れる場所”という存在そのものが価値となっており、観光客の記憶に残る。それが、やがて自国に戻ってからのユニクロへの関心や購入につながっていく可能性もあるわけだ。
Photo: Niena Etsuko Hino
UNIQLO COFFEE 周りの休憩スペース
これは、McKinseyの調査が示す「顧客体験を重視する企業ほど売上やリピート購入の向上が見られる」という知見とも合致する。
Niena’s Cut 前編まとめ
ユニクロのカフェ戦略は、単なる付加サービスではなく、ブランドの本質的課題への戦略的回答だ。「誰でも入れる」親しみやすさを保ちながら、感情的な差別化を図る。Z世代の「ブランド試着」ニーズに応え、日常の中に「選ばれる理由」を創出している。
後編では、「時間を使ってもらうブランド」という新しい考え方が、企業経営にどんなヒントをもたらすのかを掘り下げていく。