資金調達で気をつけるべきこと
顧問弁護士である賛多弁護士は、SaaSビジネスを営む柴田社長から資金調達に関する相談を受けています。
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柴田社長:先日は大変お世話になりました。先日も資金調達方法についてご教示いただきましたが、改めてご教示いただきたいです。
賛多弁護士:先日は、前々回(第106回参照)は主に金融商品取引法上の「募集」の考え方をについて、前回(第122回参照)は主に金融商品取引法上の「私募」と少人数私募における勧誘人数についてお話させていただきましたね。その後、実際に少人数私募をされて、出資契約等の内容を確認してもらいたいという依頼がありましたね。
柴田社長:はい、そうです。その節は大変お世話になりました。先生のお話を踏まえて、実際に普通株式を用いて少人数私募として自ら投資家に出資交渉をし、幾らかは資金調達をすることができました。
賛多弁護士:柴田社長も色々なコミュニティに出て企業・個人を問わず様々なコネクションが出来ているのかなと思いますし、ピッチイベントとかにも出ていらっしゃったので、その伝手で資金調達されたのですよね?
柴田社長:そうですね、それでできた縁もあって、実際に出資してくださった方もいましたし、VC・CVCともかなりお話することはできましたね。ただ、そういった資金調達活動を任せられる人がいなくて、自分自身で開拓しなければならないこともあり、事業に集中することも難しく、限界を迎えているのではないかとも感じております。
賛多弁護士:そうですよね、365日昼夜問わず忙しくなって、柴田社長のリソースも足りなくなってきますよね。
柴田社長:おかげ様で利用者も増えてきていて、順調に成長できているのではないかと考えているのですが、まだ軌道に乗っている状況でもないですし、より成長を加速させるため新規開発などもする必要がある一方で、開発資金や運営資金がまだまだ心許ない状況でして。
賛多弁護士:先日ご相談をいただいた時に比べれば事業状況が安定しているでしょうし、ビジネスモデルとしても安定収入が入ってきている状況かと思いますが、デット・ファイナンスは検討されておられないのでしょうか?プロパー融資などが最たる例かと思いますし、近年は転換社債等のベンチャーデットもよく活用されていて、いずれも御社のような企業であれば検討の余地はあるかと思います。
柴田社長:そうですね、並行して検討はしていますので、そちらの話も伺いたいのですが、まずはエクイティ・ファイナンスを優先したいと考えております。
賛多弁護士:承知いたしました。デット・ファイナンスは別の機会にするとして、御社のような状況であれば、第一種金融商品取引業者のライセンスを持っている証券会社に資金調達をお手伝いしていただくことをご検討いただいてもいいのかなと思います。
柴田社長:「募集」に該当する株式投資型クラウドファンディングで1億円未満であれば資金調達することができるとお聞きしましたが、IPO時の資金調達や株式投資型クラウドファンディング以外にどのような手段があるのでしょうか?基本的には証券会社にベンチャー企業の資金調達なんて手伝ってもらえないイメージがありますし、株式投資型クラウドファンディングだと1億円が上限になるので、もう少し資金調達したいなと考えています。
賛多弁護士:近年ではいくつも法令や自主規制規則が改正されていて、株式投資型クラウドファンディング以外でもベンチャー企業のエクイティ・ファイナンスの方法が増えてきています。例えば、株主コミュニティ制度を利用した資金調達や特定投資家向け銘柄制度、いわゆるJ-Shipsを利用した資金調達が挙げられます。前者は10年ほど前から、後者は2年ほど前から創設された制度なのですが、官民の積極的な取り組みや証券会社の努力もあって、近年、大型の資金調達方法として利用されるようになっているようです。
柴田社長:大型の資金調達ということですが1億円以上の資金調達することも可能ということでしょうか?
賛多弁護士:はい、可能です。これらを実施するにあたっては、いずれも証券会社に対する規制として、証券会社が第一種金融商品取引業者の自主規制機関である日本証券業協会から指定を受けている必要があり、これらの指定を受けていたとしても、証券会社からは一定の属性を有する投資家しか投資勧誘をすることができません。また、証券会社による審査等の手続も経る必要がありますので、無暗矢鱈に資金調達することができるわけではないです。ただ、これらの仕組みを利用して1億円以上の資金調達をされている企業も増えており、特にJ-Shipsを利用した企業の中には約50億円を調達した企業もあるようです。
柴田社長:それはすごいですね!どういったことに気を付ける必要があるのでしょうか?
賛多弁護士:特に気を付けることとしては、株主コミュニティを利用した資金調達については、先日(第122回参照)もお話した少人数私募の仕組みを利用しており、御社が証券会社による資金調達の勧誘と並行して資金調達の勧誘をしていると、御社が勧誘している人数と証券会社が勧誘している人数が通算されてしまうこととなるため、資金調達の確度や見込額を考慮して、勧誘人数の枠を上手く調整する必要があるという点かと思います。他方で、J-Shipsを利用した資金調達については、特定投資家私募の仕組みを利用しており、勧誘対象が特定投資家という一定の富裕層や投資経験のある人だけが勧誘の対象のみとなる一方で、50名以上であっても勧誘が可能でして、その分大型の資金調達が容易になっています。ただし、勧誘の際に特定証券情報という書類を作成して投資家に提供しなければならず、この書類は決まった様式ではありますが企業の状況によっては50ページを超える資料を作成する必要があります。また、少なくとも年に1回は発行者情報という資料を作成して実際に投資してくださった投資家に提供しなければならないため、これらの作成・開示負担というものが発生します。いずれの手段も金融商品取引法に基づいて遵守すべき規制がありますので、機会があれば詳細にお話させていただければと思います。
柴田社長:宜しくお願いいたします。
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近年、ベンチャーファイナンスに関して官民問わず様々な取組みがなされてきており、その一環として、証券業界においても大型のベンチャーファイナンスが可能となるような仕組みに関する様々な議論がなされています。
本稿では、例示として株主コミュニティ制度を利用した資金調達とJ-Shipsを利用した資金調達を挙げましたが、その他にも様々な資金調達方法があり、それぞれにおいて法令上の規制が存在します。
いずれの手段を用いるにせよ、法令に則った形で資金調達を実施する必要がありますので、専門家にご相談いただき、規制の内容、必要な手続を予めご確認されておくことをお勧めいたします。
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 鵜飼 剛充