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人間学・古典

第89回 「努力と才能、そして…」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 2026年7月、人気小説家の東野圭吾(1958~2026)さんが亡くなった。それまでの身体の調子などの詳細はわからないが、満68歳は今の感覚ではまだまだ若い、とも思える。しかし、1985年に第31回江戸川乱歩賞を受賞した『放課後』でデビュー以来、40年以上にわたって一筋に作家としての道を歩んだことには尊敬する。

 

 映像化や舞台化された作品も多く、『容疑者Xの献身』、『マスカレード・ホテル』、『麒麟の翼』、『幻夜』、『放課後』、『白夜行』、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』など多数にのぼる。著作数が単著だけで106冊、総発行部数は国内で1億部を突破し、海外でも人気の作家だ。デビュー作で受賞した賞が推理小説の「江戸川乱歩」の名を冠した賞であったことや、推理小説、ミステリーなどに分類される作品が多かったことや、「日本推理作家協会」の理事長を務めたはあるものの、本人は「推理小説」の枠だけにとらわれずることなく、幅広い作品を遺した。

 

***

 

 何かの雑誌でのインタビューだったと思うが、非常に印象に残っている言葉があり、大いに共感した。一字一句を正確に再現することはできないので、主旨を述べることにしたい。インタビュアーが、「ヒット作を連発できるのは、凄い才能ですね」と質問をした際に、「そういう才能はないと思います。ただ、皆さんが想像しておられるようなものに近いところで言えば、毎日、小説を書くことを続ける努力を惜しまない、ということでしょうか」との答えを返した。まさに「これだっ!」と思ったものだ。「継続は力なり」「努力に勝る天才なし」など、多くの人が知る同じ意味の他の諺はたくさんある。

 

 もちろん、東野圭吾に作家としての才能がなかったわけはない。読みやすく、人を惹き付ける文章、登場人物やストーリーの構成や創造、必要な場合はトリックなど…。そうでなければ、ヒット作をあれだけ生み出し、幾多の文学賞を受賞できるわけはない。

 

しかし、こうした華々しい活躍は、すべて「努力を続ける」ことが基本で、その上で成立していたものだ。私が若い頃、ワープロなどもなく手書きの原稿を書いていた時代に、「物書きで生きようと思うのなら、自分の背丈ぐらいの没原稿がないとダメだ」と先輩に言われたことがある。その時は気が遠くなるような想いだったが、暫く経って納得した。仮に、何かがヒットし、次を要望された時に、慌てて素材を新たに探して凡作を放つのではなく、過去に自分が書きたいと思ったが陽の目を見なかったものや、書きかけになっているものの蓄積も使えるようにしておけ、との忠言だった。恐らく、東野圭吾にしても、106冊の書籍以外に原稿として陽の目を見なかった、あるいは己の厳しさで見せなかったものは山ほどあることだろう。

 

***

 

 先ごろ、読売ジャイアンツからアメリカのメジャーリーグへ移籍し、国民栄誉賞も受賞している松井秀喜氏(1974~)のジャイアンツ監督就任が発表になり、大きな話題になった。昨年亡くなった長嶋茂雄(1936~2025)が監督時代にドラフトの抽選権を獲得し、自らが特訓をするほどの「秘蔵っ子」として育て、大きな成長を遂げた後、再び古巣で今度は采配を揮う立場になった。長嶋とコンビで一時代を築いた王貞治(1940~)も、グラウンド以外の場所での個人的な努力をあまり語ることはないが、「血の滲むような」という言葉が相応しい努力の結果を、グラウンドで見せたのだ。

 

 考えてみると、分野を問わず、「一流」、「天才」などと呼ばれる人々は、人が見ていないところでの努力を決して怠らない。日々の作業は僅かでも、それを続けていれば莫大な物になるのは自明の理だ。『放浪記』を生涯で2000回以上演じた森光子(1920~2012)も、80歳を過ぎても、地方の一か月公演などの折には自分専用のトレーニングマシンをホテルの部屋に持ち込み、鍛錬を怠らなかった。

 

 こうした例はたくさんある。どれ一つを取っても、楽なわけはない。それをなぜ続けることができるのだろうか。第一には、作家、スポーツ選手、俳優、職業を問わずに自分の仕事が好きだからだ。それと同様に大事なのは「自分は生涯、この仕事で生きてゆくのだ」という覚悟だろう。自分の才能の限界を知り、見切りを付けるのは勇気がいることで、簡単ではない。「自分で限界を決めてはいけない」との意見もある。しかし、ギリギリのところまで努力や挑戦を重ね、ここで辞めても悔いはない、あるいはこれ以上どんな努力を続けても今まで同様のことはできない、というところまで突き詰められるのは僅かな人だろう。その強靭な覚悟がなくては、一つの道を全うすることはできない。

 

 どの仕事も同様で、照る日もあれば曇る日もあり、何もかもが巧く行くわけはない。それを承知の上で続けることができるのかどうか。努力を続けるには、覚悟は表裏一体なのだ。若き日の自分を振り返り、それ相応の覚悟を持って、それに恥じないだけの努力をしてきたのか、と考えると恥じ入るばかりだ。しかし、言い逃れではなく、残り時間は短くとも、今日から再び努力を始めることはできない話ではない。それが、身体が続く限り続けるのだ、との覚悟と共に。

 

 自分の年齢に関係なく、先人が教えてくれることは多い。

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