給料の決定に関して大切な5つの視点
前回は、等級制度の考え方に始まり、等級別賃金表における賃金レンジの考え方にまでテーマを広げてお話しました。
「事業戦略を支える人材をいかに獲得し、育て、定着させるか」という人事戦略を考える立場にある社長や、人事担当役員、人事担当部長の立場にある方は、賃金制度のあり方についても自社の特性(強み・弱み)を正しく把握するのはもちろん、常に適正な運用を維持し、組織力強化につなげるよう意を注がなければなりません。
ですが、等級制度やそれにふさわしい賃金レンジの説明は、どうしても堅苦しくなり易いので、もう少しわかりやすく言い換えてみましょう。
給料の決定に関して大切なことは、次の5つの視点から納得のいく答えが出せるということ。入社後間もない若手社員であっても、その仕組みが分かりやすく、将来の賃金カーブがイメージできるように設計された賃金制度でなければいけません。
【5つの視点】
- 自分の給料がどのように決められているかが理解できるか
- 他人との比較において、自分の今の位置付けが理解できるか
- 今後どのように昇給していくのかがイメージできるか
- 自分がこれからもしっかり頑張ったとしたら、或いは程々に仕事をしていたとしたら、それぞれどのくらい給料に違いが出るのかがわかるか
- 世間相場や最低賃金の上昇などによりベースアップが行われても、賃金全体の秩序が維持されているか
社員が自分の給料について、基本給や諸手当がどのように決まっているのかがわかるのはもちろんのこと、同期や年齢の近い社員相互の給料の差がどの程度ついているのか。それがどんなルールの下で決められているのか。こうした賃金制度の運用ルールがオープンになっていて、個々の社員が自身の将来への展望を持てることが何より大切です。
さらに、社内の賃金バランスを維持することもとても重要です。このことは、中小企業の経営者も人事担当者もよく理解されているはずなのですが、これまでになく採用が困難となり人手不足感も急速に高まるなか、新規学卒者の初任給を急激に引き上げて先輩社員と逆転してしまったり、大手企業出身の中途採用者を既存社員とのバランスを顧みずに好待遇で採用したりすることで、かえって社員の不平不満を増幅させるケースが頻発しています。
先の見えない時代ではあっても、合理的な賃金制度を確立し、安定した制度運用を継続してこそ、社員は安心して“先を見据えて”働くことができるようになります。
今年の新規労使交渉では、「賃上げと物価の好循環」がテーマとなっています。
これを実現するためには、実質賃金がプラス転化し従業員の不足感情が解消されることが欠かせません。2021年12月から2023年の12月までに消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は、6.4%上昇しています。単年度の数字では、それほどでもない印象を受けるかも知れませんが、食料品などは10%以上も上昇していますので、消費に与える影響は大きなものがあります。
今春以降の賃上げで、定期昇給分を除いたベースアップ分がこれを上回らない限り、実質賃金のプラス転化はできないのです。2024年後半には前年対比では実質賃金はプラスに転化すると思われますが、社員の定着に向けては、自社の実質賃金をコロナ前まで回復させること、その実現がとても重要なテーマです。
中小企業には、到底無理な話ではないかとの声も聞かれそうですが、賃金水準が低いままでは永遠に人材不足からは解放されず、事業が立ち行かなくなるかもしれません。これから先の労働環境、とりわけ賃金水準が経営に与える影響を考えたときには、総額人件費が確実に上昇していくであろうことをしっかりと視界にとらえながら、自社の事業戦略を支える人事戦略を立て、賃上げに対処できるだけの事業展開を図っていかなければなりません。
最近では「両利きの経営」という言葉をよく耳にしますが、基幹事業の生産性を上げながらも、新規事業への展開も忘れずに行っていくことが求められているのです。
採用初任給の急激な上昇、最低賃金の大幅な引上げ、実質賃金のプラス転化など、賃金を取り巻く環境は大きく変化しています。賃上げ方針を検討するこの機会に合わせて、人事制度全般の総点検・見直しをぜひ進めてください。我が社の10年、15年先を見据えて。