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人間学・古典

第67回 「昭和100年」のお正月

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 明治期以前のように、一人の天皇につき元号の数が定められておらず、「昭和」がそのまま改元せずに続いていれば、今年は「昭和100年」のお正月を迎えることになる。いたずらに懐古主義を持ち出すつもりはないが、昭和が終わりを告げて30年以上経ち、平成生まれの世代が知らないはずの「昭和」に懐かしさや親しみを感じ、「昭和レトロ」の言葉もできた。面白いものだ。

 現役で働いている昭和生まれの一人としては、いきなり「レトロ」にされると、改めて自分の古さを感じるが、それは時代の流れで致し方のないことだ。逆に、若い世代が興味を抱くほどに、あちこちに昭和の影を引きずっているということだ。歴史は時間の連続であり、便宜的に年号などが付いているものの、どこかですっぱりと切れるものではない。

 昭和の俳人・中村草田男の名句「降る雪や明治は遠くなりにけり」とはまた違った感覚ではあるが、昭和も確実に遠くなってゆく。

 昭和元年生まれの方は、今年で満100歳、「百寿」の賀である。昨年のニュースで、日本人の男性の最高齢者が亡くなり、二番目の方が繰り上がって最高齢となったが、その方は大正生まれで、日本には明治生まれの男性はいなくなった、との報道があった。幸い、「昭和」生まれの最後の一人までには、まだまだ相当の時間がありそうだ。

 昭和が激動の時代、と言われるのは、長い分多くの出来事があったからで、その第一には「戦争」を挙げざるを得ない。毎年、8月になると「二度とあの惨禍を繰り返してはいけない」との声が日本各地で起きる。当然のことだが、同様に大切なのは、300万人に及ぶ死者を出したあの戦争がどういうもので、何のために行われたのか、との根幹を知ることだ。残念ながら、現在の歴史教育にはその視点が欠けている。原因がわからないままに世界平和を唱えるよりも、根っ子がどこにあるのかを知ることは重要なのではないだろうか。

*


 
 戦後の高度経済成長がそろそろ終焉を迎えようという昭和37年に私は生まれた。今も暮らす新宿に近い町で生まれ、町内を一歩も出ずに狭い世間を送っているが、その当時の新宿は田舎で、町内の人々も決して豊かではなかった。

 自宅に風呂のない家がたくさんある分、銭湯は賑わい、近所の社交場でもあった。テレビは「白黒」で、それだけに我が家に「カラーテレビ」が来た時の印象は鮮烈だった。固定電話しかなく、地方への通話料は距離に応じて高くなり、地方の親戚へ電話を掛ける時は、家族が順番で大急ぎで近況報告をしなくてはならなかった。

 小学校には冬には「だるまストーブ」が備えられ、高学年になると冬場に「ストーブ当番」が回ってきた。早めに登校し、二人一組で校舎の裏手へコークスを取りに行き、新聞紙にマッチで火を付け、細い薪に移す。それが充分に燃えて火勢が強くなった頃を見計らって、コークスを入れてゆく。昨今なら「子供にそんな危険なことをさせるのか」「学校の仕事であり、児童に火を扱わせるべきではない」と、モンスター・ペアレンツが列を成すだろうが、こうして多くを覚えてゆくものだ。

 昔の想い出を拾ってみると、決して便利ではなく、楽しいことばかりでもない。しかし、他の選択肢を知らない、あるいは存在しない以上、その中で暮らすしかない。

 「電気釜」のボタン一つで美味しいご飯が炊け、近所のコンビニで大抵の食べ物が揃ってしまう便利さの中にいる私には、「郷愁の念」だけで昭和40年代の生活に戻ることはできないだろう。日本がここまでの発展を遂げたのは、私の上の世代による頑張りの結果であり、感謝もしている。

 昭和も終わりに差し掛かる頃、「バブル経済」が訪れた。当時はまだ20代半ば辺りで、大きなお金を動かして何かをするような器量も資金もなく、恩恵を蒙った記憶はない。ただ、日本中がやたら賑やかで、仲間と騒いでいたぐらいのものだ。しかし、うたかたの夢はあえなく弾け、失われた時代がやってくることになる。

 昭和を俯瞰することは、私の来し方を眺めることでもある。60年超の歳月を一言では現わせないが、「得たものも失ったものも、ずいぶんあったなぁ」と思う。社会的には大幅に便利になった分、失ったものも多い。分不相応とも言える各分野のエキスパートに出会い、その謦咳に接することができた幸福と、多くの先達を喪った哀しみは紙の裏表である。これは、誰しも同じことだろう。

 私などはまだ60代だが、年代ごとには違った想いもあろう。100年、一世紀という時間はとてつもなく長い。その一方で、昨今は「人生100年」と言われる時代だ。「世紀」という感覚は歴史上の言葉だと思っていたが、今では人間が世紀を超えて生きることができる時代になった。長生きをすれば、幸も不幸も増えるのは必然だ。

 この100年の間に、我々日本人が得たもの、失ったものは、数え上げればきりがない。しかし、失った多くの中から一つを挙げれば、「情」ではないか、と私は思う。形のないものではあるが、「人情紙の如し」の世の中になったのは間違いがないだろう。

 昭和100年のお正月、さて、今年はどんな年になるのだろうか。

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