本田宗一郎とともに町工場から始めた本田技研を世界のホンダに育てあげた共同創業者の藤沢武夫は、「万物は流転する」と常々、周囲に説いた。
紀元前6〜5世紀のギリシャ人哲学者、ヘラクレイトスの言葉である。「自然界は常に変化しており、人は同じ川の水に二度と入ることはできない」と古代の大哲学者は喝破した。
藤沢はホンダの二輪車事業が軌道に乗り世の注目を集めはじめたころ、若手の技術者を集めて経営について一週間合宿したことがある。技術バカではいけない。技術者といえどもバランスシートの見方、在庫の管理の重要性を知るべきだ、という狙いだった。
その合宿で、藤沢が話した講話に彼が「万物流転」に託した真意が見える。
「世の中に万物流転の法則があり、どんな富と権力も必ず滅びるときが来る。しかし、だからこそ本田技研が生まれてくる余地があった。だが、この万物流転の掟(おきて)があるかぎり、大きくなったものもいずれは衰えることになる。その掟を避けて通ることができるかどうかを勉強してもらいたい」
単に慢心を戒めるという一般的経営訓ではない。いかなる大企業もいずれは滅びるという悲観的無常観でもない。とどまることなく流転する世の中に合わせた企業運営こそが、企業の永続性を担保するという経営観なのだ。
藤沢が書き残したものを見ると、人事面でも創業初期のホンダは、固定的な組織ピラミッドを作らなかった。「でき上がった組織が企業活動を規定してしまう」ことを嫌った。必要に応じて組織は作られるもので、組織が最初にあるべきではないと考えた。
また、「計画」を過度には重視しなかった。計画に縛られると、発想が計画消化のスケジュールに合わせて固定的になってしまうと見たのである。
歴史をひもとけば、時代の過渡期に偉大な変革者はあらわれる。しかし、こうしたヒーローによる変革事業が永続するとは限らない。
フランス革命後、「自由」の旗を掲げて社会組織を大きく変えたナポレオンは、大西洋の孤島、セント・ヘレナへ幽閉されて生涯を終えた。
国内に目を転じても、戦国の世を天下統一へ導こうとした奇才、織田信長の末路はご存知の通りだ。
万物流転する世の中で、時代を継いで組織と活動を永続させるには、何が必要なのか。何が欠如して滅びていくのか。
古代から現代までの滅びの歴史を追いながら前向きな教訓を学びとってみたい。