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国のかたち、組織のかたち(2) 国を開き、国防をはかれ(橋本左内)

指導者たる者かくあるべし

 朝廷にもの申す

 幕末の混乱期、攘夷論に凝り固まった朝廷に手紙を送り、敢然と異を唱えた男がいる。若き福井藩士の橋本左内(はしもと・さない)だ。手紙を送った相手は攘夷論を振りかざす孝明天皇の側近中の側近、内大臣の三条實萬(さんじょう・さねつむ=三条實美=さねとみの父)だ。實萬は朝廷内の攘夷論を主導していた。

 安政5年(1858)年2月付の手紙の写しが残っているが、左内は熱情を込めて、攘夷論の放棄と国防の強化を進言している。藩医の家に生まれた左内は、福井藩主の松平春嶽に外交知識を買われ、側近として取り立てられていたが、一藩士に過ぎない。その一藩士が朝廷の中枢に手紙を送るなど考えられないことだった。

 当時、幕府が4年前に日米和親条約を結んで開国方針に転じたことに朝廷は強く反発し、幕府に対して開国方針の撤回、攘夷決行を強く迫っていた。

 なぜ攘夷は愚策か

 「今や外交問題の処置は、これまでにない重要事。国家の運命に関わる重大案件であります」と書き出し、表現に気を使いながらも、辛辣な内容となっている。

 まずは、西欧の列強がなぜ域外の諸国に開国を迫るかについて、興味ある見解を披露している。要約すると、次のようになる。

 〈西欧では国ごとに産業構造が違い、足りないものを他国から交易で補っている。自国周辺で賄えない分は域外に求める。その対象国が未開であれば、技術を教え産業を振興し、その産物を引き取り売りさばく。通商貿易の競争が動機であって、いきなり武力で侵略しようとしているのではない〉

 では、通商・開国を拒否すれば、どうなるか。

 〈科学技術の発達した列強の軍備は侮れない。兵の士気だけでは戦えない。とくに英国の場合は、アヘン戦争でも見られたように、拒否する相手には、強大な艦隊を差し向けて砲撃して脅す。屈服しなければ防備の薄い海岸を狙って上陸し、ねじ伏せようとする。危険だ〉

 〈まずは開国し、産業を振興させるのが得策だ〉

 貿易立国こそ、将来の日本のあるべき姿で、あえて列強と対立して国を奪われてはならないとの現実論だ。

 その上で、天皇、朝廷には重要な政治的役割があると主張する。

 〈その偉大な政治力を持って、諸藩に国防力の充実を命令し、迅速に実行させるべきである。幕府も諸藩に海岸線防備を督励しているが、実情はお寒い限りで、このままでは国は危うい〉

 若すぎた死

 なかなかに明快な論理で、現代の眼で見ても説得力がある。しかし、当時の政治場面では、「尊皇攘夷」の看板を掲げるばかりで客観的な、国のあるべき姿を描く論は、知識人も含めて好まれるところではなかった。

 「倒幕」の一点で、外国なんぞ「神国日本」の恐れる敵ではない、との勇ましさと、反対者に対してはテロリズムが横行していた。

 どうしても今の日本の政治状況がダブって見える。自民党政権は確かに限界の兆しを見せている。しかし野党は、「打倒自民」で政権交代を声高に叫ぶばかりだ。倒幕後、いや政権交代後にどのような政策実現を目指し、どういう国の姿に作り変えるのかの議論が一向に見えない。不安定な政治状況の中、国民は暗澹たる思いで日々を送っている。

 橋本左内がどうして幕末の混乱の本質を見抜けたのか。10代で大阪へ出て適塾(てきじゅく)で、蘭学と最新の西洋医学を学んだ。その後も江戸で蘭学を学び、客観的、科学的に国の現状と世界情勢を見つめる視点を養ってきた。

 左内は、この手紙を書いた翌年に安政の大獄で捉えられ、江戸で獄死する。死罪を申し渡された時、「まだ、国のためにやるべきことがある」と泣きじゃくったという。25歳の若さだった。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

(参考資料)
『啓発録』伴五十嗣郎著 講談社学術文庫

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