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故事成語に学ぶ(50) 臣をして忠臣とならしむることなかれ

指導者たる者かくあるべし

 名君とは
 唐の2代目皇帝・太宗(たいそう)は、広く人材を登用して諸制度を整備するとともに、対外的にも北方の異民族国家の突厥(とっけつ)を撃破するなど、建国間もない唐王朝の基盤を確立した名君としてたたえられている。その治世は、「貞観(じょうがん)の治」として、長い中国史の中でも特筆されている。
 彼が名君と呼ばれるのは、その事績だけでなく、臣下の諫言(かんげん=身命を賭して上に伝える建言)によく耳を傾けたことによる。武力で乱世をおさめて繁栄の基礎を築いた創業者は、ともすれば、おのれの力を頼み暴君として振舞いがちだが、太宗は違う。しかも、自由に意見具申できる雰囲気を醸しながらも、自らの理想は明確に部下に伝えた。
 あるとき、盗賊を取り締まるために刑罰の強化を具申するものがあった。意見をじっくりと聴いた後で太宗は言う。
 「刑罰強化より、上の者が贅沢をやめ、浮いた費用で民衆の労役や租税を軽くする方が有効だ。清廉な役人を登用し、民衆の衣食に余裕ができれば、盗みなどなくなる」
 そして数年が過ぎて、国じゅうで落とし物を自分の懐に入れる者はなくなり、旅人も安心して野宿できるようになる。また、こうも言った。
 「国があってこその君主だ。国は民衆があってこそだ。民衆を絞り上げて君主のものにしようというのは、わが肉を引き裂いて腹を満たすようなものだ。それでは国は滅びる」
 君主ー国ー民衆を、経営者ー企業ー社員に置き換えて見れば、社員のモチベーションを高めるためのヒントともなる。旧ソ連崩壊の例を引くまでもない。
 
 本当の諫言
 自由に上部に意見できる組織というのは、運用を誤れば、ライバルを蹴落とし自らの出世を画策する「注進合戦」「誹謗合戦」を引き起こしかねない。筆者自身の宮仕え経験でもそうだ。
 太宗には、側近に魏徴(ぎちょう)という名吏がいた。太宗が施策に悩むごとに相談した。君主が嫌がることもずけずけと直言し、太宗は相談係として重用したが、あまりに可愛がるので気にくわぬ者が出てくる。
 あるライバルが、「魏徴は立場を利用して親族の便宜をはかっている」と奏上した。調査の結果、いわれのない中傷であるとわかったが、太宗は、調査したお目付役の意見を入れて、魏徴に伝えた。
 「お前はこれまでよき諫言を数百回行ってきた。今回のことでその功績はいささかも揺るがないが、人の疑惑を招かぬように今後は言動に注意するように」
 魏徴は、「それは納得できません」と太宗に反論した。「君臣は一体の関係にあります。うわべだけを取り繕って意見に気をつけよとはどういうことでしょう。皆がそんな心がけで政治を行うなら、この国の将来もないでしょう。私はこの身を国のために捧げてきましたが、今後もひたすら陛下の負託に応えるつもりです」。
 
 忠臣と良臣の逆説
 そして魏徴は、究極の諫言を吐く。
 「願わくは臣をして良臣ならしめよ。臣をして忠臣とならしむることなかれ」(どうか私を良臣とならせていただきたい。決して忠臣として扱われることのないように)
 「良臣と忠臣は違うのか」と太宗。
 魏徴はいう。「君子と心を合わせて栄誉を受けるのが、私のいう良臣です。君主の非を強く諌めてその身は殺され国は滅ぶ。それが忠臣であります」
 究極の逆説である。皮肉交じりに魏徴が伝えた本音はこうだ。
〈上っ面のおべっかばかりのイエスマンの良臣ばかり集めては国は滅びる。真の忠義による直言を重視しなさい。それが君主の務めでありましょう。以上、カドが立たないように申し上げましたよ〉
 太宗はこの諫言を喜び、心に刻んで国政に当たった、と太宗言行録である『貞観政要』にある。
 イエスマンの側近たちを集めての「ご意見承り会議」は、どの組織でも機能しない。
 
 (書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『十八史略』曾先之著 今西凱夫訳 三上英司編 ちくま学芸文庫 
『貞観政要』呉兢著 守屋洋訳 ちくま学芸文庫

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