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第88話 立ち食いそばとトロリーバス

北村森の「今月のヒット商品」

行楽の秋です。今回はちょっとのんびりしたテーマであること、お許しください。旅がらみの題材ですから、いつもより掲載する画像は多めです。まず、立ち食いそばの話から入ります。ふつうはワンコイン以下で口にできるだろう、あの立ち食いそばです。

日本で最も値段の高い立ち食いそばの店ってどこか。これには諸説あるようで、すみません、断定できませんでした。で、ここでお伝えするのは、別の意味で高い立ち食いそばの話です。

いちばん標高の高いところに位置する立ち食いそばの店はどこにあるのか。完全にここだとは言い切れませんけれども、おそらく、ここではないかなあという店で食べてきました。


まあ見たところ、よくある立ち食いそばの店と変わらないたたずまいです。屋号は「立山そば」。その名から想像をつけた方もいらっしゃるかと思いますが、この店のある場所の屋外は、こんな景色です。


標高2450m。富山と長野を結ぶ「立山黒部アルペンルート」の最高地点、室堂(むろどう)です。ケーブルカーやロープウェイなどを乗り継いで山々の絶景や黒部ダムの壮観な姿を楽しめる、この黒部立山アルペンルートですが、高原バストとトロリーバスの乗り場があるのが、この標高2450mに位置する室堂ターミナル。その建物の中で「立山そば」が暖簾をかかげています。


店がある周りはこんな感じです。トロリーバスに乗るための改札に近い位置。トロリーバスというのは架線から電源を受け取って走らせるバスですが、これ、電車の仲間です。ということは、この立ち食いそばの店は、日本で最も高いところにある駅そばと表現することもできますね。


店の内部はもう、よくある立ち食いそばの店そのものです。ここが日本有数の山岳地帯であるというのを忘れてしまいそうな空間といってもいい。

で、値段はというと、これはしょうがないですね。一般車両が立ち入ることのできない標高2450mで味わうそばは、立ち食いではあるものの、それ相応にします。最も安いきつねそばで1000円、山菜そばときのこそばがそれぞれ1100円。そして、富山県の海産物を使った白海老かき揚げそばは1300円です。白海老は「富山湾の宝石」とも称される、ちいさくて可憐な海老。近年はとても貴重な存在としても知られています。

どうせなら、ここは白海老かき揚げそばでしょう。


食券を買って、カウンターに着くと、まもなく運ばれてきました。

食べてみると…。あれっ、これは決して悪くない。白海老が香ばしいのもそうですが、そばが思いのほかしっかりしています。ざらりとした食感を残すそばで、立ち食いとしてはちょっと凝っている部類かもしれません。店の女性スタッフに「うまいですねえ」と話したら、「富山県産のそば粉、入ってます」と胸を張って答えてくれました。つゆは濃いめの味わいで、これがそばをしっかりと下支えしている感じです。

雲の上である室堂で、こんなそばをすすれるのは嬉しい気分です。日本で最も高い位置にあるのではないかという(値段も最も高い部類でしょうけれど)この立ち食いそばの店を体験できたのは、いいみやげ話にもなります。


いや、こうして標高も値段もずいぶんと高い立ち食いそばを体験するためだけに、立山黒部アルペンルートを目指したわけではありませんでした。

ここ室堂と大観峰(だいかんぼう)の間に掘られた長いトンネルの中を走るトロリーバスは、現在では日本でただひとつ残っている存在です。最後のトロリーバスなんです。それがこの11月30日で最終運行を迎えます。

1996年から走り続けていたのですが、老朽化のためにやむなく廃止となります。路線そのものがなくなるという話ではなく、来年からはこのトンネル野中を走行するのは、電気バス(EV)に置き換わるそう。


乗り物好きの私としては、日本最後のトロリーバスを最後に楽しんでおきたかったので、立山までやってきたということです(これまで何度も体験してきましたが、その締めくくりとして…)。

この立山黒部アルペンルートは、インバウンド人気もしっかりと掴んでおり、訪れた日も賑わっていました。本当は今年、「黒部宇奈月キャニオンルート」と名づけられた、黒部ダムへと通じる別ルートが華々しくスタートする予定だったのですが、能登半島地震の影響による設備復旧に時間がかかり、こちらは来年以降の開始となる見通しです。

それでも…。トロリーバスが日本で最後の運行となることを今年の強いコンテンツとして訴求しながら観光客を惹きつけようと努力している姿勢は、とてもいいことと感じました。最終運行日の11月30日まで、曜日と時間帯によってはまだ十分に乗車可能な日もあるようです。

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