物価高や円安、少し前でいえばコロナ禍による行動制限など、経営を揺さぶる要因というのはみずからがコントロールしがたいところから攻めてきます。
手をこまねいているわけにもいきませんし、だからといって浮き足立って焦るだけでは打開策は見えてこない。とても難しい問題であり、私などが偉そうに何かを指南できる立場でもありません。
ただ、「こんな考え方はあるかもしれません」と、取材事例を通してお伝えすることはできます。今回は、業界の市場規模が縮小を続けるなかで新規の商品開発に臨み、そこに光を見いだせた話をしたいと思います。
画像をご覧いただければ一目瞭然ですが、メモ帳です。それも手のひらに乗るほどのコンパクトなサイズ。
これを開発して販売するのは文具メーカーなのかというと違います。全くの異分野である企業がつくったメモ帳です。兵庫県尼崎市に本社のある共生社による商品であり、その名を「TAGGED LIFE GEAR(タグド ライフギア)」といいます。
値段は814円からと、メモ帳にしては結構高い。それでも発売直後から評判を呼び、グッドデザイン賞も獲得しています。それはまぜか。
この「TAGGED LIFE GEAR」、雨や雪に濡れても、破けたり縮んだりして使えなくなることがないという特徴を有しています。何かの拍子に間違って洗濯機に入れてしまっても、乾かせば大丈夫です。屋外で仕事する人(例えば建設現場などで働く人)はもちろん、アウトドアを趣味にする人にとっても、これはありがたいメモ帳であるわけです。そんな持ち味があることから、アウトドア雑誌やマリンスポーツ系企業とのコラボ商品企画化も果たしていると聞きます。
共生社って、何の企業なのか。先ほど「何かの拍子に間違って洗濯機に入れてしまっても」と綴りましたが、それと関係しています。
共生社は設立から半世紀を超える企業ですが、一貫してクリーニング業界向けのタグを製造してきた存在です。衣類をクリーニングに出すと、戻ってきたときに細くて小さなタグがくくりつけられてきますね。あのタグです。
同社には近年、深刻な悩みに襲われ続けてきました。それはクリーニング市場の縮小が止まらないという話です。ファストファッションの店舗が社会に定着して、衣類を長く丁寧に使うという意識が薄れているという要因もありますし、消費者にすれば家計やりくりのなかでクリーニング代を節約したいという傾向に走るという部分もあるのでしょう。
そうなると、クリーニング業界向けのタグを社業としてきた共生社にとっては切実な問題です。しかしながら同社の立場からクリーニング業界の市場規模を再上昇させる手を打つというのも実際には難しいですね。
ならばどうするか。それまで培ってきた技術を生かし、新商品開発を模索しよう、となった。培ってきた技術、というところがミソです。同社の売上高を伸ばすために、なにも突拍子のない領域に打って出るというわけではなかった。
クリーニング用のタグをつくる企業がメモ帳を開発するというのは、それこそ突拍子のない話では? いやそうでもなかったんです。この「TAGGED LIFE GEAR」は、ほかならぬ同社だからこそモノにできた、と表現してもいいほど…。
雨にも雪にも負けない、このメモ帳に使われている素材は「耐洗紙」といいます。あくまでも紙なのですが、水にも熱にもきわめて強い。そうです、クリーニング用のタグに使われている素材を生かして、メモ帳にしてしまったというわけです。
共生社にとって、一般消費者向けの自社ブランド商品を手掛けるのは、設立以来初めてのことだったそうです。それでも答えを出した。
これは私の想像ですが、ただ単に売上を確保できたということにもまして、業界縮小のなかで新領域に挑めたという実績そのものが同社にもたらした好影響は、とても大きかったのではないでしょうか。外的要因としっかり向き合って戦う、という機運が社内に醸成されたわけですからね。