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第113回 大沢温泉(岩手県) 宮沢賢治が愛した何度も入りたくなる極上湯

高橋一喜の『これぞ!"本物の温泉"』

■1泊2日、温泉には何回入る?

 筆者は温泉旅館に宿泊すると、1泊2日のうちに5回以上は温泉に入る。宿に着いてすぐに入り、食事の前にもう1回。そして食後に入り、寝る前にもう1回。翌朝は、寝起きに1回入り、可能であればチェックアウト前にもう1回。チェックインが早くできたり、チェックアウトが遅くできたりする宿であれば、さらに入浴回数は増える。

 こんなことを話すと、多くの人は「えっ! そんなに入るの!」と驚くか、あきれかえる。本来、1日に何度も温泉に入るのは、温泉療養の観点からいえば、体への負担が大きいので好ましくない。通常、温泉療養をする場合、最初の数日は、入浴回数は1回くらいが望ましく、その後は1日2~3回が適当だとされている。

 しかし、現実的には1泊2日で訪ねる場合は、1回だけではもったいないし、複数の湯船がある場合は、はしご湯もしたくなる。それよりなにより、温泉が自分好みの湯であれば、何度も入りたくなってしまうのは仕方ない。

「何度も入りたくなる湯」という意味では、宮沢賢治の故郷でもある花巻市にある「大沢温泉」が忘れられない。

■湯治文化が残る宿

 大沢温泉は、豊沢川沿いの峡谷に点在する8つの温泉地から構成される花巻南温泉郷のひとつ。宮沢賢治も少年時代から何度も訪れ、学生のときには悪ふざけをして湯を汲み上げる水車を止めてしまい、風呂場が大騒ぎになったというエピソードが残っている。

 

 大沢温泉は一軒宿だが、規模は大きい。一般客向けの立派な新館「山水閣」、湯治客向けの昔ながらの「湯治屋」、南部藩主の定宿で茅葺きの建物が風情あるギャラリー「菊水館」からなる。
 昔ながらの湯治宿が現代風にリニューアルされるケースは少なくないが、大沢温泉のように昔からの湯治客も大事にしながら、新しいお客のニーズにも応えるという経営姿勢には共感できる。

 筆者のお気に入りは「湯治屋」。帳場でチェックインをすますと、従業員が荷物をもって、館内の説明をしながら部屋まで案内してくれた。接客は普通の旅館並みに丁寧で好感がもてる。多くの湯治宿では、ここまでの対応をされることはない。いい意味でも、悪い意味でもぶっきらぼうな場合が多い。

 従業員の方いわく、「湯治を知らない若い人にも湯治文化の良さを知ってもらいたい」とのこと。たしかに、古びた湯治宿に抵抗がある人にとっては、好印象につながるだろう。
 昔ながらの木造の部屋は壁も薄くて新しさもないが、そのぶん風情がある。ピカピカに清掃が行き届いているのもステキだ。

 自炊部の場合は、自ら料理をつくるのが基本だが、旅行客は食事処を利用できるので食事に困ることもない。湯治初心者や若い女性でも気軽に湯治体験ができる宿としておすすめだ。しかも、1泊素泊まりで2000~3000円台のプランもあり、料金もリーズナブル。

■川沿いの混浴露天風呂

 温泉もすばらしい。山水閣、湯治屋それぞれに個性的な浴室があり、湯めぐりをするのも楽しいが、いちばんのお気に入りは宿の名物でもある「大沢の湯」。
 30人くらいが同時に入浴できそうな混浴の露天風呂で、湯船のすぐ横を豊沢川が静かに流れるロケーションがいい。清流をボーっと眺めながら、湯船に浸かっていると、時が経つのを忘れてしまいそうになる。

 しっとりすべすべとした透明湯は、源泉かけ流し。強烈な個性を主張するタイプではないが、やさしい肌触りが印象に残る。万人に愛されそうな湯である。

 世の中のいわゆる名湯と呼ばれる温泉のなかには、湯の個性が強すぎて「1度入れば十分」と思うようなものもある。しかし、大沢温泉の湯は、長時間入っていても体にやさしいし、何度も入りたいという気になる。変なたとえかもしれないが、恋人にしたいタイプではなく、結婚したいタイプの湯である。

 結局、筆者は一晩で6回、翌朝に2回、湯に浸かった。それほど肌に馴染むやさしい湯であった。

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