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国のかたち、組織のかたち(29) 巨大企業の再生(JALの場合 下)

指導者たる者かくあるべし

 人員と機材の削減

 経営再建に乗り出した日本航空(JAL)は大幅なコストカットに着手する。「最大限の売上と最小限のコスト」を強調して会長に就任した稲盛和夫にしてみれば、まず再建の第1章としてリストラは避けて通れない道だった。

 稲盛新体制が打ち出したのは、グループ全体で4万8,700人に上る従業員の、約3分の1に当たる1万6,452人減らす計画だった。

 当然、労組、従業員は強く反発した。しかし稲盛はたじろがなかった。当初の削減計画は三年間で達成をうたっていたが、稲盛体制発足3か月後の2010年4月には、JALと管財人の企業再生支援機構は、年度末達成へと目標を大幅に前倒しする。

 人員削減に合わせて、関連事業の売却、採算の悪い国際線、国内線の減便とそれに合わせて老朽機材の売却を推進していく。こうしたコストカット策は、6月末に提出を予定していた会社更生計画を先取る形で次々と打ち出された。

 当然、経営幹部からも、あまりに性急なリストラペースにたじろぐ声が上がる。退職を迫られる従業員の反発の矢面に立つのはごめんだというたじろぎだ。そんな彼らを稲盛は一喝した。

 「君たちは会社をいったん潰したんだろ。本来なら、君たちも今ごろは職安に通っていたんだぞ!」。覚悟を決めて再建に取り組めという叱咤だった。

 安全優先か利益優先か

 人員のスリム化には、これまで安全運航のための聖域とされてきた整備部門、パイロット、客室乗務員にも一律に及ぶ。運行管理部門の幹部から、「これでは安全に責任を持てない。会社にとって、安全が大事なんですか、利益が大事なんですか」と、詰問されたのはこの時のことだ。パイロット部門のリストラ対象者は、長期病欠者の他、高給のベテランたちだった。経験豊富なパイロットの退職は、安全に直結する問題として看過できないと考えたのだ。稲盛はキッパリと答えた。

 「両方だ。安全なくして、この会社が存立できるわけがない。安全は一番大事だ。だが、その安全を守るためにはコストがかかるだろう? だから、安全を守るためには、利益も生まないとダメなんだ」

 禅問答である。幹部は煙に撒かれたような表情で稲盛を見つめたが、稲盛の経営哲学では、当然の結論だった。安全か利益かは、天秤にかける問題ではない。安全であれぼこそ利益は生まれ、利益が出てこそ安全を確保できる。これまでのJALでは、520人の犠牲者を出した1985年のジャンボ機墜落事故以来、「安全のため」と言えば、どんな無理も通ってきた。それが聖域に手をつけず放漫経営に陥った要因の一つだった。「両方を追求する経営」への意識をこの会社に根付かせることが急務だ、と稲盛に再認識させる問答だった。

 この問答の相手こそ、稲盛が実質的な稲盛経営後継者として、パイロットから運航本部長に引き上げ、2012年に社長に抜擢した植木義晴(うえき・よしはる=その後会長)だ。

 利益を追求しない経営体は潰れる

 このことは、航空会社という特殊な業態に限った話ではない。「安全」を「製品の品質」と置き換えてみればわかることだ。「わが社は品質で勝負している。コストがかかるのは当然だ」との論理と同じでおかしなことになる。品質で勝負するから、利益が減るのは当然だという意識なら、会社は潰れる。

 利益を追求しない経営体は必ず潰れる。JALがここまで経営を続けてこられたのは、「利益がなくても政府がなんとかしてくれる」との甘えがあったにからだ。

 再生に向かうJALに必要なのは、「最大限の売上と、最小限のコスト」への意識を、どう会社の隅々まで徹底させられるかにかかっていた。

 それが稲盛経営の根幹をなす「フィロソフィー」と「アメーバ経営」の実践だった。(この項、補追として次回に続く)

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考資料
『JALの奇跡 稲盛和夫の善き思いがもたらしたもの』大田嘉仁著 致知出版社
『稲盛和夫最後の闘い JAL再生にかけた経営者人生』大西康之著 日本経済新聞出版社

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