■名湯は川沿いにあり
前回(第124回)のコラムで取り上げた湯ノ花温泉から、直線距離で5キロほど。南会津を代表する温泉地がもうひとつある。今から約1000年前、平安時代に発見されたと伝えられる木賊(とくさ)温泉だ。
数軒の宿で形成される小さな温泉集落は、湯ノ花温泉に負けず劣らず素朴な雰囲気で満ちている。宿や民家のほかには、小さな商店が数軒ある程度。にぎやかな温泉地もよいが、人が少なくて、静寂に包まれた温泉地も居心地がよい。
木賊温泉の名物は、西根川という清流の河原にある共同湯。通称、「岩風呂」だ。温泉ファンには有名な共同湯で、休日には多くの観光客が全国各地からやってくるという。
「岩風呂」へは、温泉街の通りから川の谷底まで徒歩で階段を下りていく。余談になるが、温泉街と川は切っても切り離せない関係にある。
これまで訪れたことのある温泉街を思い浮かべてほしいのだが、川の流れに沿って温泉街が形成されているケースが多い。とくに歴史の古い山間部の温泉街は、川の流域から温泉が湧き出していることが少なくない。四万温泉、箱根湯本温泉、湯河原温泉、下呂温泉、山中温泉、三朝温泉、湯平温泉、黒川温泉……数え上げればきりがない。
実は、温泉は川の近くから湧出しやすい。というのも、川の流れが地層を浸食することによって泉脈が地上に露出し、そこから湯が噴き出すケースが多いからだ。
今はボーリング技術の発達によって、市街地でも地中深くまで掘って温泉を汲み上げることができる。しかし、昔は温泉といえば、自然の力によって湧き出した湯を指していた。だから、自噴する(自らの力で湧き出す)温泉は、「天地の恵みを与えてもらっている」という気分になる。
■新鮮な湯が底からぷくぷく湧き上がる
数十段の階段を下りていくと、「岩風呂」の簡素な湯小屋が見えてくる。透明度の高い清流が湯小屋のすぐ横を流れていく。湯船は川の水位とほぼ同じ高さにある。
実は、「岩風呂」の湯船は、川床から自噴している温泉の真上につくられている。つまり、温泉が湧いていた場所に湯船をこしらえたわけだ。これぞ温泉の原点である。
温泉を離れた場所まで引き込むのが大変だった時代は、源泉の真上か、すぐそばに湯船をつくるしかなかった。不便といえば不便だが、この方法は新鮮な温泉を堪能できる最善の方法でもある。なぜなら、温泉は湧出してから時間がたてばたつほど、酸化されて鮮度が落ちていくからだ。温泉も刺身や野菜と一緒で、鮮度が命である。
湯小屋の中には、2つの湯船がある。上流側が熱めで、下流側がぬるめ。湯船は大きな天然の岩に囲まれているので、洞窟風呂のような雰囲気だ。
おすすめは、源泉が湯底から直接湧き出している上流側の湯船。生まれたての湯に浸かるのが、温泉における最高の贅沢である。硫黄の香りを放つ新鮮な湯がぷくぷくと上がってくる。見た目にはあまりよくわからないが、湧き出す湯量はかなり多いようだ。湯船からあふれ出した湯が勢いよく、下流側の湯船に流れ込んでいる。
■川の増水のたびに復活!
泉温は約45℃。少々熱めだが、湯船全体ではちょうど適温になっている。白い湯の花が混じる湯はクセがなく、肌にやさしい。いつまでも浸かっていたくなる極上湯だ。
なお、岩風呂は混浴。女性専用の脱衣所があり、「湯あみ着」での入浴も可能だ。
それにしても、これだけ川に隣接していると、雨などで増水したときに大変なのではないか、と心配になる。一緒に入浴した地元の常連さんによると、何度か洪水などの水害で破壊されたそうだが、そのたびに建て直しているという。
脱衣所の壁に目をやると、復旧資金を寄付した全国の「岩風呂」ファンの名がずらりと並んでいた。この湯がどれほど愛されているかがわかる。「ずっと後世まで残したい」。そんな気持ちにさせてくれる名湯である。