■植物起源の「美肌の湯」
「女性におすすめの温泉ってどこですか?」と聞かれることがよくある。これは「日本でいちばんおすすめの温泉ってどこですか?」という質問と同じくらい答えるのがむずかしい。
温泉と一口に言っても、泉質やロケーション、浴室の設備、旅館の雰囲気や料理、予算などのうち、どれを重視するかによっておすすめは違ってくるからだ。
冒頭の質問に対しては、とりあえず「モール泉」の温泉をすすめるようにしている。「モール泉」というのは俗称で、正確に言うとこういう泉質があるわけではないが、「美肌の湯」として定評がある。実は、筆者もモール泉には目がない。
モール泉とは、植物起源の有機質を含んだ温泉のこと。もう少しわかりやすくいえば、地中に堆積した太古の植物に含まれる有機質が溶け込んだ温泉である。
ツルツルスベスベとした肌触りと植物系の独特の香りが特徴。癒し系のやさしい香りを放つ温泉が多いので、まるで湯に浸かりながら森林浴をしている気分になる。個性はそれなりに強いのに、やさしい入浴感なのがモール泉の魅力である。
モール泉は、だいたいが茶褐色の透明湯。その濃淡によって琥珀色、飴色、紅茶色などと表現されるが、なかにはコーヒーやコーラのように真っ黒なモール泉も存在する。
■帯広駅周辺は「温泉銭湯天国」
ひと昔前、日本には北海道・十勝川温泉にしかモール泉はないといわれていたが、現在、全国各地に存在することがわかっている。宮城県の東鳴子温泉や熊本県の人吉温泉、甲府盆地周辺などで見られるほか、東京都大田区、神奈川県の川崎市・横浜市・鎌倉市、千葉県の養老温泉などに湧く通称「黒湯」もモール泉の一種だ。
これまで全国各地のモール泉を訪ねたが、「モール泉の最高傑作」とも呼べる温泉が北海道の帯広市にある。帯広温泉「アサヒ湯」だ。
十勝平野に位置する帯広市には、帯広駅周辺に10軒ほどの「温泉銭湯」が点在する。地元の住民が普段利用する銭湯に温泉が注がれているのだ。なんとも贅沢である。
「アサヒ湯」も、駅近くの温泉銭湯のひとつ。碁盤の目状に広がる住宅街の一角にひっそりと佇んでいる。
開業は約70年前。2007年には店主の病気療養のため、一時廃業したが、アサヒ湯の泉質に惚れ込んだ新オーナーが買い取り、すぐさまリニューアルオープンしたという。そのため建物自体は小ぶりだが、脱衣場や浴室も改装され、清潔感があふれている。
■大量の気泡が肌にびっしり
夕方16時に訪れると、すでに地元の常連さんでにぎわっていた。浴室の扉を開けると同時に、モール泉特有の植物系のやさしい香りが鼻をくすぐる。湯船は5~6人でいっぱいになってしまうサイズだが、茶褐色のモール泉が勢いよく湯船からあふれ出している。源泉から直接注がれているから鮮度も抜群だ。
湯船に浸かる前にシャワーのカランをひねると、なんと温泉が出てきた! 贅沢極まりない。頭から湯を浴びると、体中がモール泉の癒し系の香りに包まれた。
アサヒ湯の真骨頂は、入浴後30秒にある。湯に体を沈めると30秒ほどの短い時間で、体中に細かな気泡が付着する。湯底の投入口から白く濁って見えるほどの大量の気泡が湧き上がってくるので、手ではらってもはらっても、どんどんくっつく。温泉に含まれる炭酸ガスが体に付着するのは、湯が新鮮な証拠だ。
しかも、強烈なスベスベ感。スベスベとした肌触りはモール泉の特徴のひとつだが、これほど個性がはっきりあらわれているモール泉はなかなかない。スベスベを通り越して、ヌルヌルといった感じだ。きっと肌によいに違いない。「女性に好まれそうな泉質だ」とあらためて思う。
湯船に浸かりながら、常連さんたちの肌をなめ回すように観察した。70歳を越えているであろうおじいさんたちの肌が、白く輝き、ピチピチと張りがあるように見えるのは、気のせいではないかもしれない。