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第144回 川原湯温泉(群馬県) 「ダムに沈んだ温泉」は鎌倉時代からの名湯

高橋一喜の『これぞ!"本物の温泉"』

■ダム建設に翻弄された温泉地

 ダムに沈む温泉街――と書かれた大きな看板が出迎えてくれた。2008年に川原湯温泉を訪れたときの話だ。「関東の耶馬渓」の異名をとる名勝・吾妻渓谷の崖に、へばりつくように形成されている温泉街は将来ダムの底に沈むことが決まっていた。

 川原湯温泉という名が大きくクローズアップされたのは、八ッ場(やんば)ダムの建設問題であった。

 ダム建設が計画されたのは1952年。賛成派と反対派が激しい対立を繰り返しながらも、ダムの下に沈む予定の温泉街を新しい土地へ移転する準備を進めてきた。ところが、2009年に民主党政権が誕生すると、ダム建設はいったん中止されることになったが、結局、2011年にダム建設の再開が決定した。川原湯温泉は半世紀もの間、ダム建設に翻弄されてきた悲劇の温泉地だったといえよう。

 筆者が訪ねた2008年頃は、旅館や商店など建物の古さばかりが目につく温泉街であった。数年後に移転を控えていたので、修復したくても建物に手を入れることができなかったのだろう。かつては20軒以上の宿があったという温泉街も、すでに廃業した旅館や飲食店が多く、当然のことながら街は完全に活気を失っていた。
 
 しかし、古いながらも風格を漂わせる建物が、温泉街の中心に存在した。共同浴場であり、元湯でもある「王湯」だ。王湯の正面には、源氏の紋所「笹竜胆」が堂々と掲げられていた。川原湯温泉は1193年、源頼朝が鷹狩りをしている最中に発見したという伝説が残っている。歴史ある名湯なのだ。

■新生・王湯が場所を変えてオープン

 王湯の内部は、2フロアに分かれており、共同浴場としては珍しいつくりだった。2階の脱衣所から階段をつたって、内湯のある1階へと下りていく。源泉に近いところに位置するため、湯はすこぶる新鮮で、ゆで卵のような匂いがぷーんと香る透明湯がかけ流しにされていた。きりりと肌が引きまるような「本物の温泉」である。別棟には露天風呂もあり、眼下に広がる吾妻渓谷の絶景も魅力的だった。

 ダム建設が進み、2014年6月に王湯が閉鎖されると、吾妻川の南側の高台に移転した新しい温泉街に新生・大湯がオープンした。同年7月のことだ。真新しい2階建ての建物の正面には、やはり源氏の紋所「笹竜胆」が掲げられている。建物は新しくなったが、旧王湯の名残を感じさせる外観だ。


 キレイな館内には、内湯と露天風呂があり、洗い場にはシャンプーやボディソープも備え付けられている。2階には眺望のよい休憩室も。地元の共同浴場というより、ちょっとした日帰り温泉施設といった雰囲気だ。地元の人だけでなく、観光客の立ち寄り利用も多いようだ。

■今も続く奇祭「湯かけ祭り」

 泉質は含硫黄-カルシウム・ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉。浴室内には、ほのかに硫黄泉ならではの香りが漂う。いわゆるゆで卵の匂いである。内湯につかると、白い湯の花もふわふわと浮く。旧王湯の記憶がよみがえる。源泉の泉温が75.3度と高温のため加水はされているが、加温や循環ろ過、塩素消毒はなく、個性をしっかり感じられる湯がかけ流しにされている。

 個人的に気に入ったのが、旧王湯よりも広くなった露天風呂。開放的な湯船は緑に囲まれ、その奥にはダムの景色が見える。周囲は静寂に包まれており、聞こえてくるのは源泉が湯口からドボドボと落ちる音ばかり。非日常感を満喫できる露天風呂だ。

 ダム建設に翻弄された住民のみなさんの苦労は想像を絶するが、新しい温泉街に復活した王湯が人々の心身を癒やし続け、新たな川原湯温泉の歴史を紡いでいくことは、前向きにとらえたい。

 川原湯温泉では、奇祭として有名な「湯かけ祭り」が毎年1月20日の早朝に行われてきた。温泉のかけ合いをして湯の神に感謝するという。もちろん、新生・王湯になってからも続く厳冬の伝統行事である。ふんどし姿の男たちが互いに激しく湯をかけ合う奇祭は、来年1月も王湯前で開催される。

 

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