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経済・株式・資産

第194話 中国の新しい流行語「性不況」

中国経済の最新動向

 中国社会では近年、「性不況」という新しい流行語が注目を集めている。この言葉は、若者たちが恋愛せず、結婚せず、出産せずなど、性生活の減少や結婚・出産への意欲減退という社会現象を指す表現だ。

 本稿では、中国の婚姻数・離婚数・出生数の最新データを分析しながら、この「性不況」現象の実態を明らかにし、中国経済に及ぼす深刻な影響について考察する。

 

●「性不況」とは何か?

 「性不況」という言葉は、中国の若年層の間で急速に広がっている社会的現象を指す包括的な概念である。

 この用語は、単に性生活の減少を意味するだけでなく、より広範な「結婚・出産・家族形成に関する意欲の減退」という社会現象を表現している。伝統的に結婚や子育てを重視してきた中国社会において、このような価値観の変化は極めて異例であり、経済的・社会的要因が深く絡み合った結果とも言える。

 統計データから見れば、「性不況」という造語には、主に3つの側面がある。
 第一に、結婚数の急激な減少である。図1に示すように、中国の婚姻登録数は2016年から22年まで7年連続で減少し続けている。23年にゼロコロナ政策の撤廃によって、婚姻登録数は一時的に増加したが、翌年の24年に再び減少に転じた。この年の婚姻登録は611万組で、人口統計開始以来の最低水準を記録し、前年に比べ20.5%も減少した。この数字は2016年の1,133万組と比較すると、522万組が少なく、8年間で46%も減少した。

 言い換えれば、中国の若年層には結婚を先延ばしするか、或いは結婚そのものを選択しない傾向が強まっている。

 第二の側面は、離婚者数の持続的な上昇傾向にあることだ。図2の通り、2016年から19年まで4年連続で増え続けてきた。20年からの3年間はゼロコロナ政策やロックダウンの実施などによって、物理的に離婚が難しくなり、離婚者数の増加に一時的に歯止めがかかった。しかし、23年ゼロコロナ政策の撤廃に伴い、離婚者数が再び増加に転じた。23年の離婚者数は250万組にのぼり、前年比で23.3%も急増し、24年も1.1%増加し続けた。24年結婚者数611万組に対し、離婚者数が262万組にのぼる。単純に計算すれば、2組強に1組が離婚することになる。中国社会における家族のあり方そのものが変容しつつあることが示唆される。

 

●7年で新生児数半減の衝撃

 第三の側面に、若者の性生活の減少と出生率の急落が挙げられる。中国の若年層、特に都市部のホワイトカラーを中心に、性生活の頻度が減少しているという調査結果が複数報告されている。これは長時間労働やストレスの増加、経済的不安などが背景にあると考えられる。当然ながら、こうした傾向は出生率の低下に直結している。

 図3に示すように、2023年中国の新生児数は902万人、7年連続減で2016年(1,883万人)の約半分となった。まさに衝撃的な数字だった。24年に前年の結婚者数の増加(85万組増)によって、新生児数は52万人増の954万人となったが、25年は再び大幅に減少に転じることが間違いなく、900万人以下となるのは確実だ。なぜならば、24年の結婚者数が23年に比べ157万組が減少したからである。

 人口統計学では、「合計特殊出生率」という専門用語があり、一人の女性が生涯で産む子供の平均数を示す重要指標である。図4の通り、2023年中国の合計特殊出生率は僅か1.0で、世界平均2.23の半分以下だ。OECD加盟国38ヵ国の平均1.43、米国1.62、日本1.20よりも低い。中国の少子化の深刻な実態が浮き彫りになっている。ちなみに、2024年韓国の合計特殊出生率0.75で世界最低水準だ。

 

●「性不況」の裏に高すぎる生活コスト

 恋愛せず、結婚せず、出産せずという中国若年層の「性不況」現象の背景には、高すぎる生活コストという厳しい現実及び価値観の変化などがある。

 2024年3~6月、中国科学院心理学研究所は、全国31省・直轄市・自治区の大学生55,781人及び社会人7355人を対象に、婚姻・子育て意識に関するアンケート調査を実施し、「中国若年層の婚姻・子育て意識調査報告書」を発表した。

 報告書によれば、調査対象となる大学生の51.8%が「結婚が重要ではない」、59.5%が「子育てが重要ではない」と回答した。一方、若年層社会人(18~24歳)の44.1%が「子育てが重要ではない」と答えている。若者たちが結婚・子育て意欲が極めて低い実態が明らかになっている。

 若年層の「性不況」の裏に、高すぎる生活コストという「経済的要素」が指摘される。調査によれば、低所得家庭出身の大学生は就職や財力など重圧に直面し、結婚・子育ての意欲が低い傾向にある。社会人も同様の傾向を示している。前出の調査によれば、月収2,000元(4万円相当)以下の社会人は「結婚をしたくない」比率が全体の30.5%、月収2,000元~4,999元が37.2%、月収5,000元~7,999元が20.5%、月収8,000元以上が11.8%を占める。つまり、収入が低ければ低いほど結婚・子育ての意欲も低い。

 特に、上海市や北京市などの大都市では、平均的な住宅価格が年収の20-30倍にも達するため、結婚して家庭を築くこと自体が「贅沢」と見なされるようになっている。

 一方、都市部の高学歴・高収入層には「性不況」の現象が特に顕著だ。その背景には、キャリア追求への欲求、個人の自由を重視する価値観の変化などが挙げられる。

 

●保育所・学校が大量閉鎖の時代が訪れる

 若年層の「性不況」現象は様々な社会問題をもたらしている。まず、教育事業への影響だ。新生児の連続減少によって、保育所や小学校が大量に閉鎖する時代がやってくる。

 中国国家統計局のデータによれば、全国保育所数は2021年の29万4832ヵ所から24年の25万3263ヵ所に減少し、3年で4万1569ヵ所が閉所となった。小学校は2013年の36万6213校から24年の13万6332校へと、20年で全体の約3分の2に相当する23万校が廃校された。中学校や高校及び大学への影響は、現時点でまだ表に出てないが、10年後に間違いなく大量閉鎖の嵐はやってくる。

 第二に、若年層の「性不況」は中国経済に深刻な影響がもたらされる。最も直接的な影響が与えられるのは不動産市場である。伝統的に中国では、結婚に際して新居を購入することが社会的な慣習となっており、婚姻数の減少は住宅需要の急減に直結している。

 図5に示す通り、中国の不動産投資、住宅販売面積と売上など3指標は、2022年から3年連続で大幅に縮小した。今年1~6月もそれぞれ▼11.2%、▼3.7%、▼5.2%と減少が続いている。

 

●若年層の「性不況」をどう解消するか

 3つ目の影響はデフレの深刻化である。若年層の「性不況」は若者たちの消費意欲の減退に繋がり、デフレの進行を加速させる結果となっている。実際、ここ2年間、消費者物価指数(CPI)は0%前後にとどまり、生産者物価指数(PPI)は22年10月より連続32カ月で前年割れとなっている。

 若年層の「性不況」が続く限り、少子化の流れに歯止めがかからない。デフレの克服も内需拡大も期待されない。若年層の「性不況」を解消できるかどうかが、中国経済の行方を左右する。「性不況」解消のために、総合的な対策を打ち出すことができるか? 習近平政権の手腕が、いま問われている。(了)

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