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第193話 中東紛争拡大が中国EV産業の「追い風」にも

中国経済の最新動向

 今月13日、イスラエルはイランの核施設を空爆し、複数のイラン軍幹部や科学者を殺害したと発表。それに対し、イランがイスラエルに報復攻撃を開始し、弾道ミサイルを発射した。さらに21日夜、米軍はイランの核施設3カ所を空爆したと発表した。イラン軍は23日、米軍が駐留するカタールの基地をミサイルで攻撃したと発表。米軍によるイラン核施設攻撃への報復と見られる。

 イスラエルとイランの交戦が激しくなる中、イスラエルの後ろ盾となってきた米国も直接的に軍事介入し、中東情勢は一層複雑になっている。

 中東紛争の拡大によって、世界原油市場の不安定化や価格高騰がもたらされる。一方、中東地政学リスクの増大は、皮肉に中国EV産業を加速させる「追い風」になる可能性が高いと、筆者が思う。

 

●中東戦争による原油市場の混乱と価格高騰

 2025年6月、イスラエルによるイランの核施設攻撃とそれに続く米国の軍事介入により、中東情勢はかつてない混乱・緊迫状態に陥っている。

 この軍事衝突は世界の原油市場に即座に影響を与え、ブレント原油価格は一時7%上昇して1バレル当たり74.23ドルに達した。北海ブレント先物は10日以降最大18%上昇しており、19日には約5カ月ぶり高値の1バレル=79.04ドルを記録した。専門家の間では、イランが報復として原油輸送の世界的な要衝、ホルムズ海峡の封鎖に踏み切った場合、相場は120~130ドルまで急騰するとの見方も出ている。

 世界の石油消費量の約20%がホルムズ海峡ルートで運ばれる。中国石油輸入量の5割以上、日本約95%が中東諸国に依存し、その大半がホルムズ海峡経由だ。従って、ホルムズ海峡を封鎖すれば、日本・中国を含むグローバルなエネルギー供給に深刻な混乱をもたらす。

 原油価格の急騰は、エネルギー安全保障の観点から各国に脱石油依存の動きを加速させる要因となりかねない。特に中国は、原油輸入の約45%がホルムズ海峡を通過しており、中東情勢の不安定化が直接にエネルギー供給のリスクに直結する。

 中国の石油消費の7割が輸入に依存しており、エネルギー安全保障の観点からも脱ガソリン車及びEV車への移行は国家戦略上の急務となっている。

 

●ピークアウトを迎える中国の原油需要とEVシフトの加速

 注目すべきは、中国の原油需要が国際機関の想定より早くも頭打ちになる可能性が高い。

 国際エネルギー機関(IEA)が当初、2030年前後に中国が石油消費のピークを迎えると予測していたが、2024年に中国の原油輸入が前年割れとなった。中国税関の発表によれば、2024年原油輸入は5億5,341万トンで前年に比べ1.9%減少となっている。

 この背景には、中国国内で電気自動車(EV)を含む新エネルギー車の販売が急拡大していることがある。実際、今年5月新エネルギー車(電気自動車・プラグインハイブリッド車・水素自動車など)の販売台数が130.7万台にのぼり、新車販売全体の48.7%を占める。そのうち、国内販売が130.7万台、市場シェアが54.7%でガソリン車のシェアを大きく上回っている。

 EVを中心とする新エネ車の市場シェアが50%を突破することは、画期的な出来事であり、中国経済の構造的な変化を象徴している。

 中国はこれほど積極的にEVシフトを推進する理由がある。第一に、先述したようにエネルギー安全保障上の懸念(原油輸入依存度70%超)。第二に、自動車排ガスがPM2.5の主要発生源であるため、大気汚染防止の観点からガソリン車の増加を抑制する必要がある。第三に、ガソリン車では日米欧に追いつくのが困難だが、EVであればほぼ同じスタートラインに立てるという比較優位性。中東戦争による原油供給不安は、まさに中国が最も懸念するエネルギー安全保障リスクを顕在化させ、EV普及をさらに後押しする要因となっている。

 

●2025年:EV普及の分水嶺と中国企業の優位性

 自動車業界では、市場シェア50%突破をEVなど新エネ車普及の分水嶺としている。中国の新エネ車はいま、その分水嶺に到達している。

 前述したように、今年5月、中国新エネ車の国内市場シェア既に54.7%にのぼる。2025年通年も50%を突破する可能性があると見られる。

 現在、中国メーカーはEV分野の優位性を発揮し、世界市場をリードしている。Clean Technica社の統計データによれば、EVなど中国製新エネ車は、世界全体に占める市場シェアが2022年に63%、23年64%、24年に70.5%と、年々拡大している。BYDなど中国メーカーのEVがASEAN、中南米、豪州、英国、EUなどの市場を席捲する勢いを示している。

 

●中東紛争の長期化が中国EV産業の「追い風」にも

 中東紛争の長期化・深刻化は、皮肉に中国のEV産業の「追い風」となる可能性が高い。

 第一に、原油価格の不安定化が消費者心理に影響を与え、EV選択を促進する。歴史的に見れば、原油価格が高騰したり供給不安が生じたりする時期には、代替エネルギーや省エネルギー技術への関心が高まる。中東情勢の緊迫化でガソリン価格が上昇すれば、ランニングコストの安いEVの経済的優位性がさらに際立ち、消費者にとってより魅力的な選択肢となるだろう。

 第二に、国家レベルのエネルギー安全保障戦略としてEV推進がさらに重視される。中国はすでに「一帯一路」構想などの枠組みを通じて、エネルギー供給の多様化を図っている。中東依存からの脱却は国家戦略の重要な柱であり、EV普及がその重要な手段として位置づけられている。

 第三に、中国のテック企業が主導する「スマートEV」の競争力がさらに高まる。中東危機によって生じる原油供給不安は、単なる動力源の転換(ガソリン→電気)だけでなく、移動手段そのものの在り方(自動運転、シェアリングなど)を見直す契機となる。華為を代表とする中国の大手テック企業は、まさにこうした次世代モビリティのプラットフォームを握るポジションにあり、危機を自社のビジネスチャンスに変えようとする。

 第四に、国際的なEV市場における中国勢の存在感がさらに高まる。米国は自国のEV市場から中国車を締め出そうとする政策を強化しているが、中東危機によるエネルギー価格高騰は世界的にEV需要を喚起するだろう。中国企業は自国市場で培った技術と規模の経済を活かし、中東・アフリカ・東南アジアなどの新興国市場でさらに存在感を拡大すると見られる。

 

●今後の課題と展望

 一方で、中国のEV産業がさらなる成長を遂げるために、いくつかの課題を克服する必要がある。

 まず、EV普及には蓄電池のコストダウンや充電網整備が不可欠だ。特に電池消耗が速いことや中古車価格の低下といった問題は消費者心理に影響を与えている。

 次に、国際市場では米中対立など地政学リスクが貿易障壁として立ちはだかっている。この壁をどう突破するかが、中国EVメーカーの大きな課題となっている。

 しかし、中東紛争拡大という危機的状況は、これらの課題解決に向けた取り組みを加速させる可能性がある。エネルギー安全保障と気候変動対策という二つの課題に対して、EV普及は有効な解決策として注目される。EV分野への投資や研究開発は、今後一層活発化に向かうことが間違いない。

 現在、中東紛争の行方は不透明だが、それが長期化すればエネルギー分野における構造転換の動きが加速する。中国は中東危機をチャンスに捉え、自国の産業競争力強化に動き、EVおよび関連技術の開発・普及にさらに力を入れることが予想される。中東の地政学リスクは、皮肉にも中国のEV産業にとって強力な「追い風」になる可能性が秘められる。(了)

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