軍事における三大要素とは、戦略と戦術、そして補給支援である。いかに戦略、戦術を練り上げても、補給の道が確保されていなければ、軍は機能しない。
ビジネスにおいても事情は同じだ。原料補給から生産、そして販売までの物流の確保が最重要だ。
英語では、軍事、ビジネスともに、この補給と輸送の確保をロジスティクスという。
カルタゴ対ローマの戦いの話に戻る。本拠地・スペインを出発したハンニバル率いるカルタゴ軍は、アルプスの高嶺を越えて北イタリアの平原に至るまで五か月を要した。
さらに15年を故国から離れた敵地でローマ軍相手に優勢に戦い続けることになったのである。
制海権はローマに奪われて祖国から補給支援の船は出せない。武器・食糧の確保と兵員の補充をどのようにしのいだのか。
現地調達で間に合わせたのである。
カルタゴは通商国家であり、スペインに銀鉱山を確保していたから資金はある。ガリア(フランス)南部の横断時は、「敵はローマだ。ガリア人と戦うつもりはない」と現地部族を説得し、豊富な資金で懐柔して食糧を供出させ、兵士を徴発した。反抗する部族には武力で略奪し、食糧を確保して進軍してきた。
ハンニバルは、長征の軍を起こすにあたって100年前のアレキサンダー大王の東征を範とした。同大王はわずか3万8千の軍でギリシャ北部のマケドニアを出発し、ペルシャからインドまで現地調達で遠征し大帝国を築き上げた。
軍事ロジスティクスに関して、古代中国の兵書『孫子』に興味深い記述がある。
「よく軍を運用する者は、戦費は国内で賄うが、食糧は現地で調達する。軍を起こしたために国が疲弊するのは遠征軍が補給物資を遠くまで運ぶからだ」(作戦篇第二)
その理由について孫子は、「国から軍需物資を持ち出せば、国内では品不足から物価が高騰し民は困窮する」と指摘している。
現地調達は、洋の東西を問わず経験則から導き出された、古代の軍事の知恵でもあったようだ。
現代のビジネスでも海外市場への進出では、補給線が延びるのを避けるために、資材部品と人材の現地調達は有効である。敵地で有利に戦うための基本である。
さて、ハンニバルは北イタリアに降り立ったが、現地のガリア部族は、ローマかカルタゴか、強い方に味方することにして、容易に動かない。食糧も兵の調達も思うに任せない。
ハンニバルは、「一刻も早く、ローマ軍と一戦交えて勝って見せねばなるまい」と考えていた。 (この項、次週へ続く)