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第195話 日中激突~「日本車の牙城」を襲う異変

中国経済の最新動向

 「日本車の牙城」と言われるタイ。2022年国内新車販売は88.7万台、インドネシアに次ぐASEAN域内2番目の自動車市場。うち、トヨタなど日本勢のシェアが85%を占める。

 この日本車の「牙城」に、いま大きな異変が起きている。BYDを代表とする中国勢は、世界をリードするEV(電気自動車)技術と低価格を武器に猛攻し、着実に日本勢からシェアを奪っている。本稿は「日本車の牙城」を襲う異変をテーマに、タイにおける日中自動車メーカーの激突の真相に迫る。

 

●日本車のシェアが急落する一方、中国勢が台頭

 図1に示すように、ここ数年、タイ自動車市場における日本車のシェアが急落している。2022年に85.2%を占める日本車の市場シェアが、23年に77.8%、24年76.7%、25年1~6月70.6%へと、僅か3年余りで15ポイントも減少した。

 

 

 一方、中国車は日本勢に猛追している。2025年1~6月にBYDなど中国車のタイでの新車販売は6万1083台に達し、24年の年間販売(4万6734台)を既に上回っている。市場シェアも2021年の5%から一気に25年1~6月の20.2%へと、15ポイントを増やしている。中国車のシェア増加分が日本車の減少分とほぼ一致しており、中国勢が日本勢のシェアを奪う実態が浮き彫りになっている。

 図2は日米中自動車メーカー2025年1~5月タイでの販売実績を示すグラフだが、前年同期に比較すれば、中国車の凄まじい勢いが伺える。

 

 

 図2によれば、販売台数上位10社に日本勢が5社を占め、トヨタ1位、いすゞ2位、ホンダ3位などベスト3を独占している。しかし、前年同期に比べれば、日本勢は下記の通り、揃って販売台数が減少している。

 ・トヨタ 97,736台→94,784台 ▼3%
 ・いすゞ 39,183台→31,881台 ▼18.6%
 ・ホンダ 37,374台→30,206台 ▼19.2%
 ・三菱自 12,187台→11,028台 ▼9.5%
 ・日産    4,686台→  3,215台 ▼31.4%

 ちなみに、米フォードの同期販売台数も9,651台から8,002台へと17%減少している。

 一方、中国勢のBYDが4位、上海汽車6位、長城汽車8位、長安汽車9位など4社がベスト10に進出している。しかも前年同期に比べ、いずれも販売台数が急増している。

 ・BYD 12,902台→20,877台 61.8%増
 ・上海汽車 7,626台→9,106台 19.4%増
 ・長城汽車 3,663台→5,439台 48.9%増
 ・長安汽車 2,389台→4,360台 82.5%増

 中国勢の猛烈な攻勢を前に、日本車の「牙城」が崩れつつある実態が鮮明になっている。

 

●EVを武器にした中国車の躍進

 日本車の「牙城」を崩そうとする中国勢の「秘密兵器」は言うまでもなくEV(電気自動車)だ。

 周知のように、中国はEV分野の世界王者である。EV販売台数もEV普及率も中国は圧倒的なリードを保っている。2024年、BEVとPHEVを合わせる中国のEV販売台数は1130万台と世界(1700万台)の66%に相当する。中国の公共EV充電器は350台にのぼり、世界(540万台)の65%を占める。同年、中国のEV普及率が48%、世界のEV普及率(22%)の2倍以上。

 一方、日本のEV市場は依然として規模が小さい。2024年のEV販売台数は10万3000台と世界の0.5%、保有台数は62万台で世界の1%にとどまっている。中国に比べれば、日本の出遅れと巨大格差が歴然だ。EVへの出遅れは今、タイ市場における日本車の致命傷となりつつある。

 日本車の「牙城」を虎視眈々してきた中国勢にとって、大きな転機が訪れたのは2021年だ。この年に、タイ政府はEV振興の目標である「30&30」を打ち出した。つまり、2030年までタイの自動車生産の30%をEVにする、という政府基本方針だ。この目標を実現するために、EV関連の投資に対する法人税の減免措置、EV物品税・関税の引き下げ、充電網の整備、部品の国産化などEVの普及を後押しする包括的な施策が実行される。この政策の実施に伴い、BYDや長城汽車など中国メーカー7社がタイへの進出を本格化させた。

 事実、2021年よりタイ政府のEV育成策によって、中国自動車メーカーがタイでの新車販売が急増し始めた。今年1~6月タイでの中国車販売は6万1083台に達し、24年の年間販売(4万6734台)を既に上回っているが、その大半が実はEVである。

 図3は今年1~6月タイでのEV登録車台数のデータだが、上位10社に中国勢が9社を占め、ベスト5を独占している。米テスラが6位。残念ながら、上位10社に日本勢の姿が見えなかった。

 

 

●戦略の見直しが無ければ「牙城」陥落も

 今年1~5月にタイ進出の中国メーカーが販売台数が急増しているのに対し、日本メーカーのほとんどが減少している。タイEV登録車上位10社に日本企業が1社も入っていない。日本企業はこの事実を重く受け止めなければならない。

 日本車の牙城・タイで起きた異変が個別の日本メーカーの問題でなく、日本自動車業界全体の問題と認識すべきと思う。

 環境にやさしいEVの流行は今、時代の流れとなっている。世界のEV(BEV・PHEV)普及率が2割を突破した現在、日本は未だに2.8%にとどまっている。48%の中国は勿論のこと、欧州(24.5%)、米国(10%)、韓国(9.2%)、タイ(13%)にも及ばない。ガソリン車に拘る日本の姿勢が際立つ。

 問題はこの姿勢は本当に時代の流れに合致し、日本の国益にかなうか?筆者は疑問を持っている。中国市場で、EVに出遅れた日本勢は台頭する中国勢に敗退している。日本企業の戦略を早急に見直さなければ、タイ市場という日本車の「牙城」も早かれ遅かれ、中国勢の進撃によって陥落するだろう。これは決して杞憂ではない。(了)

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