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第149話 なぜ日本の科学技術者たちは次々と中国に移籍するのか?

中国経済の最新動向

 2018年9月21日、筆者は21世紀構想研究会(代表:馬場練成)主催の講演会にて「台頭する中国新興企業~なぜ日本はユニコーン企業の数で中国に完敗したか」を題とする講演を行った。

 

 講演前、中国出張から帰国されたばかりの東京理科大学元学長の藤嶋昭氏(同大学栄養教授)と面談し、中国科学技術分野に関する情報交換を行った。藤嶋氏は「光触媒」の反応を発見したことで広く知られ、ノーベル賞候補にも名前が挙がる日本科学界の重鎮だ。

 

 それから3年後の今年9月に、筆者を驚かせるニュースが流された。中国の上海理工大学の発表だ。同大の8月31日付発表によると、藤嶋昭・東京理科大元学長(79歳)とその研究チームが同大学で研究活動を行う。同大は光触媒に関する研究所を新設し、藤嶋氏のチームが中心となって研究を進めるとしている。

 

 日本のマスコミは藤嶋氏の中国移籍について、「頭脳流失」と喧伝し、ネガティブにとらえている。

 

 それでは藤嶋氏の中国移籍の背景には一体何があったか? 我々はどう見るべきか?

 

 

◆中国を目指す日本人科学技術者は後を絶たない

 ここ数年、海を渡って中国を目指す日本の科学技術者は後を絶たない。前出の藤嶋昭・東京理科大元学長の以外に、複数いる。

 

 例えば、東京大学名誉教授、脳神経科学者の御子柴克彦(みこしば かつひこ76歳)は2019年に上海科技大学に移籍し、同大の免疫化学研究所教授に就任した。御子柴氏は日本脳神経分野の権威で、日本医師会医学賞、日本学士院賞、国際抗酸化学会特別賞、クラウス・ヨアヒム・チュールヒ賞(フランス)、フリッツ・リップマン・レクチャー賞(ドイツ)など多彩の受賞歴を持ち、ノーベル医学生理学賞候補と見なされている。

 

 北海道大学名誉教授の上田多門(67歳)も2年前、中国の深圳大学に拠点を移した。上田氏はコンクリート工学などの専門家で、日本土木学界の重鎮。100年を超える歴史のある日本土木学会の次期会長にも内定されている大物学者だ。

 

 三菱化学など日本の有名企業で研究者として、LED照明やディスプレイ用発光材料などの新しい固体発光材料を発明し、世界のLED産業の発展に貢献してきた科学者・瀬戸孝俊氏は、2018年9月に、東京から中国西部の甘粛省に渡り、中国政府に重点大学と指定される蘭州大学物理科学・技術学院の教授職に就いた。

 

 技術者の中国移籍ケースはさらに多い。日産自動車のEV開発責任者だった矢島和夫氏は、2019年2月に中国の新興EVメーカーである観致汽車のCEOに就任。日産のR&D管理部長だった宇野高明氏は同年7月に、中国の新興EVメーカーである奇点汽車のCTO(最高技術責任者)に就任。日産の執行役員だった大谷俊明氏は2020年2月に、中国の宝能汽車集団常務副総裁に就任。トヨタ自動車のチーフエンジニアだった勝又正人氏と品質管理担当の宮下善次氏は、それぞれ広州汽車集団首席技術総監(21年7月)、小鵬汽車品質管理総監(19年2月)に就任した。

 

 実際、中国に移籍する科学技術者は日本人だけではない。例えば、数学界では最高峰の賞で「数学のノーベル賞」と呼ばれるフィールズ賞を2002年に受賞したフランス人数学者ローラン・ラフォルグ(Laurent Lafforgue)氏は、今年10月に、21年間勤めたフランス高等科学研究所(IHÉS)を退所し、中国のファーウェイ(華為技術)に移籍した。

 

 

◆背景には中国R&D投資の急増と研究レベルの向上

 それでは、なぜ日本の科学技術者が次々と中国に移籍するのか?その背景には、実際、中国R&D投資の急増と研究レベルの著しい向上がある。

 

 日本の文部科学省直轄の研究機関である「科学技術・学術政策研究所」のまとめによれば、中国の研究開発費は2000年からの20年間で約13倍に拡大、主要国の中で最も伸びている。2019年は日本円に換算すれば約53兆円、前年比10.8%増で、首位の米国(63兆円)に迫る。中国政府は科学技術強国を目指し、研究開発強化の努力が続き、この勢いは今後も続くと予想される。一方、日本の研究開発費はほぼ横ばいで、2019年は約19兆円と中国の3分の1程度にとどまる。その差が歴然である。

 

 R&D投資の急増に伴い、中国の科学研究分野のレベルアップが著しい。「注目論文」(引用数が多く、注目度が高い科学研究論文)数の国別の世界シェアを見ると、2018年に中国は24.8%で米国を初めて逆転して世界一に立った。米国は22.9%で2位、英国5.4%、ドイツ4.5%などが続く。日本は2.3%にとどまり、順位は第10位で、2008年の5位から大きく低落したのだ。

 

 共同研究の成果である国際共著論文数を見ても、日本は中国に遥かに及ばない。2019年の日本の国際共著論文数は約3万件だが、1位米国の約18万件、2位中国の約12万件に比べれば、その差が大きい。ちなみに、英国は約8万件、ドイツは約7万件、フランスは約5万件だった。科学研究のグローバル化において、日本は明らかに遅れている。

 

 水が低いところに流れていく如く、人間は高いところを目指す。これは世の常だ。今、日本の多くの研究者は研究費不足や、短期間で実用につながる成果を求められることに悩まされている。こういう状況の下で、研究環境が優れ、給料待遇もいい中国を選んで移籍することは、科学研究者から見れば当たり前の話で、別に不思議のことではない。

 

 さらに、前出の東京理科大学元学長の藤嶋昭氏、東京大学名誉教授の御子柴克彦氏及び北海道大学名誉教授の上田多門氏ら3人に共通点がある。いずれも日本の大学で定年を迎えた方だ。今の制度では、定年後も研究を続けられるような環境は日本には無かった。3人が中国を選んだのは、研究を続けたい選択肢に過ぎない。

 

 

◆「頭脳流失」などマイナス思考と一線を画す日本の学者たち        

 11月1日、筆者が代表を務める中国ビジネスフォーラムは、上皇陛下の執刀医、順天堂大学医学部特任教授の天野篤氏を招き、第61回講演会を開催した。講演終了後の質疑応答で、筆者は講師の天野教授に次のように質問した。

 

 「近年、東京理科大学元学長の藤嶋昭教授をはじめ多くの日本人科学技術者が中国に移籍している。マスコミは頭脳流失と喧伝し、ネガティブにとらえているが、先生の立場からどう見ておられるか?」

 

 天野教授の答えは一刀両断だ。「大学に所属している医師は研究をしたいと思っているので、その研究にどれくらいの予算をつけて実際に使わせてもらえるのかを考えて、研究費を出してくれるところに行くのは、研究をする者にとっては当たり前の話と思う。その研究が将来の医療に役立ち、それで人が救えることになるのであれば、有意義のことではないか」と。

 

 中国の深圳大学に移籍した北海道大学名誉教授の上田多門氏もTBSの取材に応じる時、「土木の分野について言えば、既に中国に追い抜かれている面も多く、中国と一緒に取り組むことで、日本にはない技術を日本に還元できることの方が大きい」。「海外で先行する技術等を参考に技術革新に取り組もうとする科学者たちを、単純に『頭脳流出』と決めつけているのだとしたら、見当違いの批判にも思える。海外に移籍した科学者が日本の大学と国際共同研究を行うことで研究の質を上げることにも繋がるのではないか」(11月7日TBSニュース)と述べ、「頭脳流失」いうマイナス思考と一線を画している。

 

 中国の上海理工大学に移籍した藤嶋昭・東京理科大学元学長も朝日新聞の取材に対し、「光触媒の研究は今、世界的に進んでいる。中国もすごくやっているので、日本からの(頭脳)流出ということではない」と話し、「頭脳流失」論に否定的な見解を示している。

 

 上記学者たちの話は正論と思う。いま、日本に必要なのは、R&D投資の低迷と国際地位の低落という厳しい現実を直視し、いかに日本の大学が優秀な科学者たちや世界から魅力的な研究の場と認めてもらえるかである。その具体策を世界に示すことは政府と日本の大学の急務ではないかと、筆者は思う。

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