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- 高橋一喜の『これぞ!"本物の温泉"』
- 第27回 温泉津温泉(島根県) 開湯1300年の名泉は「アツ湯」の最高峰
■世界遺産の街に湧く名湯
秋となり、ようやく温泉が恋しい時期になった。暑い夏に入るぬる湯も気持ちいいが、やはり肌寒い日につかる熱湯(アツ湯)は最高である。
ひと口に「アツ湯」と言っても、好みの泉温はそれぞれだ。平均的な日本人が「いちばん気持ちいい」と感じる泉温は42℃だと言われる。家庭のお風呂も42℃前後に設定されていることが多いだろう。個人的には43℃くらいが気持ちよく入れる限度であるが、45℃くらい高温でないと満足しないという猛者も少なくない。
だが、アツ湯が好きな人でも二の足を踏む名湯がある。島根県の港町に湧く温泉津(ゆのつ)温泉だ。
温泉津温泉は、「石見(いわみ)銀山遺跡とその文化的景観」の一部として世界遺産に登録された昔ながらの温泉地。開湯は、なんと1300年前。戦国時代から江戸時代にかけては、石見銀山から産出される銀の輸出港として大いに賑わったという。
山の谷間を縫うようにのびる温泉街は、赤瓦と黒瓦の鄙びた建物が重なるように並んでいて風情満点。まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。
■地元の人に愛される普段着の湯
石見銀山が世界遺産に登録されたのをきっかけに、温泉津温泉にも多くの観光客が押し寄せるようになったが、昔ながらの共同浴場は今も健在。
元湯「泉薬湯」は、開湯時の源泉を今も使用しており、鄙びた外観も歴史の深さを感じさせる。ひっきりなしに地元の常連さんが、番台のおばちゃんとあいさつを交わし、脱衣所へと吸い込まれていく。観光客も増えたが、地元の人にとっては今も「わが家の風呂」の感覚なのだろう。
圧巻なのは、脱衣所の棚にずらっと並ぶ常連さんの風呂桶とお風呂セット。地元の人ばかりが利用する小さな共同浴場では、手ぶらでも入浴できるように、脱衣所にお風呂セットを置きっ放しにしているケースは少なくないが、温泉津のような観光地の温泉に、お風呂セットが並んでいるのはめずらしい。この自然体が温泉津温泉の魅力である。
浴室には、湯船が3つ並ぶ。「熱湯」「ぬる湯」「座り湯」に仕切られているが、それぞれの湯船はそれほど大きくないので、10人も入ればギュウギュウになる。
黄色を帯びた茶褐色の濁り湯が100%源泉かけ流し。口に含むと、塩分と鉄分の風味が強烈である。湯船のふちや床に、オレンジ色の湯の花がこんもりと堆積しているのも温泉津温泉の特徴。温泉の成分が濃い証拠である。
■47℃の湯船には入れず……
湯船のすぐ近くから湧き出す約50℃の源泉が、加水されることなく注がれているので、「熱湯」の湯船は尋常な熱さではない。泉温は47℃を指していた。泉温は1℃上がっただけで、体感が大きく変わる。47℃だと湯船に浸かるどころか、かけ湯をするのも命がけ。本気で火傷しそうな泉温である。
私は足先を浸けるだけで「ぬる湯」の湯船へと退散したが、常連さんは平気な顔をして肩まで沈めているから驚く。
「ここの湯はいいですね」と話しかけると、常連さんは「ここの湯がいちばん。この湯で髪を洗うと、パリパリになる」と温泉成分の濃さに胸を張る。別の常連さんも、「あんまり長く浸かっていると湯あたりするけど、湯あたりする湯は、いい湯の証しだ」とそれに続く。たちまち温泉自慢がはじまってしまったが、地元の人が温泉津の湯を愛する気持ちがひしひしと伝わってきた。
しばらくすると、いかにも観光客という様子の男性2人組が浴室に入ってきた。かけ湯をする時点で「熱い! 熱い!」と大騒ぎ。「ぬる湯」の湯船に足を途中まで突っ込むが、どうしても体を沈めることができない。「ぬる湯」とはいえ、泉温は44℃を指していたから、熱い湯に慣れていない人には苦行でしかないだろう。
我こそはアツ湯好きという方は、ぜひ温泉津温泉まで足を運んでみてほしい。