決算において棚卸資産の評価方法は、利益の額を大きく左右します。特に材料費が高騰している局面では、最終仕入原価法を用いると「見かけの利益」が増えるという現象が起きやすいものです。これは経営者の資金繰り感覚と決算書の数字が乖離しやすい要因となり、銀行員にとっても注意深く見極めなければならないポイントとなります。
1.最終仕入原価法が生む「見かけの利益」
最終仕入原価法とは、期末在庫を直近の仕入価格で評価する方法です。材料価格が上昇していると、期末在庫の評価額は高くなり、その分だけ売上原価が小さく計算され、利益が増える仕組みになるのです。
例えば、最終仕入単価1,000円で仕入れた材料を使わずに2000個もっていたとすると、1,000円x2,000個で評価額は2,000,000円となりますが、決算期末に単価1,500円で1個仕入れた場合、最終仕入原価法ではその評価額は1,500円x2,001個で、3,001,500円となり、百万円ほど資産が増えて、原価が下がったように見え、損益計算書上の利益が押し上げられることになります。
しかし実際には、仕入価格が高騰している以上、今後の生産や販売に使う材料コストは確実に増加します。経営実態としてはむしろ「利益が圧迫される予兆」が潜んでいるにもかかわらず、決算書上は「黒字が拡大した」ように見えるのです。
2.銀行員が抱く疑念
銀行員はこのような状況に直面すると、「本当に儲かっているのか」「利益の裏付けはあるのか」と必ず疑います。なぜなら、在庫評価によって作られた利益は、実際のキャッシュフローを生んでいないものであり、実態的な利益ではないからです。融資返済の原資となるのは主に現金預金であり、見かけの利益ではないのです。
実際、材料費高騰局面で最終仕入原価法を採用している企業を見ると、損益計算書は黒字でも、キャッシュフロー計算書や預金残高はそれにみあっていないケースが多いです。銀行員は「決算書上の黒字」と「実際の資金繰り」の乖離を経験的に知っているため、その数字をそのまま信用してはくれません。
3.具体的な銀行審査の着眼点
①まず、決算上の利益がこのような材料の高騰でもたらされたことを経営者がちゃんと理解しているかが重要になります。これを経営者が理解していないとすれば、利益というものがどこから生まれるかを理解していないことになり、経理に疎い経営者という烙印をおされます。じっさい、中小企業の経営者に「今期は利益が増えましたが、どうしてですか?」と聞くと、的を得ない回答をしてくるので即座にダメ経営者がわかるものです。
②売上原価率の推移
過去数期と比較して原価率が下がっている場合、在庫評価の影響が疑われます。
③キャッシュフローとの整合性
利益が増えているのに営業キャッシュフローが減っていれば、在庫評価による「見かけの利益」と判断されやすいです。融資判断ではキャッシュフローを重視するため、黒字でも資金繰りが苦しければ融資姿勢は慎重にならざるをえないのです。
④在庫回転率の変化
これは、在庫管理簿や、棚卸表を数期並べて見るだけでもわかるものです。仕入れた材料が長期間滞留すれば、陳腐化リスクが増えるわけです。
4.経営者へのアドバイス
「最終仕入原価法を採用しているため利益が膨らんで見えるが、実態、実際の資金繰りはこうだ」と、銀行に説明できるようにしておくことが重要です。
また、在庫管理についてなんらかのアクションを行い、在庫のスリム化をすることでも評価はされやすくなります。
結局のところ、銀行が重視するのは「決算書の利益」ではなく、「その利益が継続的にキャッシュを生むのかどうか」です。材料費高騰期における最終仕入原価法の利益は、しばしば”蜃気楼”に過ぎないので、そのことを正直に認め、実態の資金繰りを開示できる経営者こそ、銀行からの信頼を勝ち得ることができます。


















