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故事成語に学ぶ(38) 守らば則(すなわ)ち余りありて、攻むれば則ち足らず

指導者たる者かくあるべし

守りと攻めはどちらが効率的か
  孫武が兵法指南書『孫子』の中で、戦略についての持論を展開する「形篇」において、攻めよりも守りの重要性を説いている。表題の句の意味はその要点だ。口語訳すれば次のようになる。
 「守備の戦略をとれば戦力に余裕があり、攻撃の戦略をとれば戦力が不足する」
 孫武によれば、守備の方がコストパフォーマンスがいいというのだ。だから『孫子』は、守り優先論に立つ。「攻撃は最大の防御なり」という、一般の戦略論、経営論とは対極にある。
 なぜ守備優先かというと、「敵に負けない態勢をつくる(守備戦略)主導権は、もっぱら自分たちに属するが、敵に勝つ態勢をつくる(攻撃戦略)主導権は、敵側にあるからだと解説している。敵がこう出たら、自分たちはこうして勝てると戦略予測を立てることはできても、あくまで予測であって、敵がどう出るかはわからないからだという。

  

 真っ向違う二つの『孫子』
 ところが、この「守備の効率のよさ」のくだりについては、世の多くの『孫子』テキストは、全く逆の表現になっている。お手元の同書を開いてご覧になってほしい。
 「守は則ち足らざればなり、攻は則ち余りあればなり」〈守備戦略をとるのは戦力が足りないからであり、攻撃戦略をとるのは、戦力に十分の余裕があるからである〉(岩波文庫本)。真逆なのである。
 この違いは、従来のテキストが、後代に様々な注釈者の手を経て書き写され確定した宋(10ー13世紀)の時代の孫子を元にしているからで、筆者が表題にあげたのは、さらに千年さかのぼる古い漢の時代の墓から出土した竹簡本の表記に従っている。
 紙のない時代、竹の板(竹簡)に書かれたテキストが、時代的に近い孫武の原典に近いと考えるのが自然である。しかし、「守備より攻撃だろう」という後代の常識に基づいて書き改められたテキストをわれわれは目にして講釈を受けているのだ。
 繰り返すが、孫武が言いたかったのは、「守りには兵力の無駄はなく、攻撃は兵力の消耗が激しい」ということだった。「無駄なく勝つこと」を信条とする孫武の本意は、そこにあったはずだと筆者も考えるので、あえて、一般テキストと違う条文を掲載した。
 
 守りが戦いの基本
 ナポレオン戦争の経験を経て、1810年代に『戦争論』を書いたプロイセンの軍事学者、クラウゼビッツはまた、『孫子』読者であった。クラウゼヴィッツが守備と攻撃についてどういう見解を持っていたかも興味があるところである。彼は『戦争論』で言う。
 〈防御は攻撃よりも強力な戦争形式であるが、消極的目的にすぎないから、劣勢なためにやむを得ずこの戦略を使用するわけである。われわれが強力で、積極的目的(勝利)を立てるのに十分なら、直ちにこの戦略(防御)を捨てねばならないことは言うまでもない〉
 防御の有効性を認めながらも、勝つためには、攻撃に移れと説いている。
 もちろん、孫武が、攻撃を全否定しているわけではない。自ら制御可能な守備を固め、「勝てる」算段を立て開戦前に「勝ち」を確実にして攻撃せよと、各篇で繰り返し説いているところである。
 形篇の冒頭にこうある。
 〈昔の巧みに戦う者は、まず敵軍が攻撃してきても負けない態勢を構築した上で、敵軍が態勢を崩し、自軍が攻撃すれば勝てる態勢になるのを待ち受けた〉。まず防御を固めよ、ということだ。
 攻撃に燃えて防御・守備をあなどることなかれ。大いに参考になるのではないか。
  
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
※参考文献
『新訂 孫子』金谷治訳注 岩波文庫
『孫子』浅野裕一著 講談社学術文庫
『戦争論上、下』クラウゼヴィッツ著、篠田英雄訳 岩波文庫

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