今や、世の中は「人工知能(AI)」花盛りだ。TVでも「10年後にはなくなっている職業20」などと言っている。その一方で、ITに関わる人々の一部で、「AIは制御すべきだ」「このままだと、数年後に人類はいなくなるだろう」などと、穏やかではない説も出ており、AIの開発を自粛する向きもあるようだ。もはや、日常生活がSFを凌駕するレベルにまで達しているのだ。
「無人タクシー」の実用化などを日本も目指しているようだが、まだトラブルも多く、完全に任せることはできないようだ。その一方で、日常生活では分野にもよるが充分な機能を発揮し、10代から20代の半数ほどが、困ったことを親しい誰かに相談する以前に、まず「ChatGPT」などに相談するとのデータもある。また、書類の作成などはAIに任せた方が効率的なものもあり、まさに「AI頼み」の時代だ。時代遅れの私から見れば、「携帯電話」の次は「AI」依存かと溜め息の一つもつきたくなる。こうした便利な物に縋るほど、我々の人間性がどこかへ行ってしまう恐怖を感じるのは、年齢の故だろうか。
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AIによる頭脳労働の機械化や、ロボットによる肉体労働の代替は珍しくないどころか、人手不足を補うには不可欠な職業が多数あるのが実状で、一概に否定することはできない。ところで、何気なく使っている「ロボット」という言葉。語源やロボットにまつわる物語をご存じだろうか。
チェコスロバキアの作家、カレル・チャペック(1890~1938)作の戯曲で、1921年に初演された『ロボット(R.U.R)』からきた造語で、今から100年以上前の作品だ。「R.U.R」とは、作中に登場するロボット製造会社「Rossumʼs Universal Robots」の頭文字をつなげた略語だ。
チャペックはロボットの定義を幾つか設けている。事務作業、肉体労働などの効率は人間の2.5倍、味覚を持たないので料理はできない、生殖能力もなく増殖はしない、稼働期間は約20年など。ユダヤの民間伝承に登場する土を主な素材とした人造人間「ゴーレム」の影響もあるようだ。
物語は四幕の戯曲で、ある島に、人間そっくりの外見のロボットを大量生産している会社がある。やがてロボットが感情を持ち始め、自分の産みの親である人間の虐殺を始める。人間は防戦を試みるが、数も戦闘能力もロボットには適わず、島にはたった1人の人間しかいなくなった。しかし、精巧なロボットも経年劣化は防げず、生き残った1人に自分たちの生命を延ばすように頼む…。何とも皮肉な結末であると同時に、100年以上前に既にこうした発想があったことに驚きもする。最近では、2024年に渡辺いっけいの主演で上演されたが、興味深いと同時に、多くを考えさせられた。
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この作品は、100年前には未来を描いた夢物語だったのだろう。それが時代を経て現実になりつつある。分野によっては人工知能の開発者である人間をも上回るものも増えた。チェスや将棋の名人にコンピュータが勝った、短距離走の記録を破ったなどの話は増えるばかりだ。これは私見だが、勝負に勝つことは、膨大なデータの蓄積は得意とするAIには俄然有利だろう。しかし、何であれその一番に勝てば「嬉しい」、負ければ「悔しい」などの感情を持ち、そのために力を注いだ時間を振り返り、感慨に耽ったり、次に備えたりする感情をAIは持たない。勝負に勝つことだけが目標なら余計な感情は不要だが、そこまでを含めて勝負の面白さがあるのではないだろうか。
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問題はこのチャペックの「予言」とも言うべき作品をどう受け止めるかだ。SF的な感覚で楽しむ方法もあれば、この先、我々がAIやロボットなどとどう付き合えばよいかの問題提起とも受け取れる。これが、今、まさにホットな話題になっているところだ。
どう受け取るのも読者の自由だが、つい先日までは「創造」、何もない「0」から「1」を生み出す能力の有無がAIの欠点だとされていたが、早晩それも克服され、人間を超える日も遠くはない。それはやがて「意志」に変わり、我々人間への「悪意」に傾けば、人類の滅亡という話題も空想や与太話とは言えない。人間よりも遥かに高度な身体能力を持ち、感情に左右されずに動くことができるロボットを、「殺人兵器」と見做すことは容易だ。
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歴史の偶然とは言え、100年前に生まれた『ロボット』が示唆するものは大きい。もう一点、これも大事なことだと考えるが、人間は常に未完成であり、発展の余地があるからこその魅力もある。だからこそ、「夢」も生まれ、次のステップへの努力もできる。そして、未完成のままに多くの人がその生を終える。そんな事は魅力ではないとの意見もあろう。しかし、何もかもが完全でないからこその人間の貴重さや愛おしさもある。
こうした感情的な問題とは関係のない部分でAIの開発が進んでいることが問題なのだ。私は、AIはパンドラの箱だと思っていたが、その蓋はとうに開いた。果たして、パンドラの箱のように底に「希望」があるのだろうか。個人的には、これはそんなに生易しいものではなく、人類の欲望をさらに搔き立てた挙句に、滅亡に導く劇毒ではないのか、との怖れを抱いている。
















