まずは、新年おめでとうございます。本年もコラムのご愛読の程、よろしくお願い申し上げます。
気が付けば、もう一年が過ぎた。どんどん速くなるのは仕方がないことで、それは嘆くまい。今の日本では、「お盆休み」、「G.W」と同様、年末年始の休みは「大型連休」として定着している。
とは言え、やはり年の変わり目の「お正月」は誰しも特別な想いがあるはずで、世界を見回しても、海外諸国よりも日本は「お正月」を大切にしている。もっともその前には、年末の慌ただしい中で仕事の締め括り、年賀状の印刷、お得意さんへのご挨拶などに忙殺される時期がある。
さて、年が改まり、元日を迎える。種類や方法は違えども、新年のお祝いを「お節料理」でという人々は多い。それも、デパートの豪華なカタログにある、高級老舗料亭や旅館をはじめ、イタリアン、フレンチなどの有名店から豪華な「お重」を取り寄せて祝うこともあるだろう。
最近は、海外で新年を迎える方々も増える一方だ。お正月の過ごし方はそれぞれで、年に三度しかない長い休み、一年の始まりのエネルギーの充填やリフレッシュの方法も多様化しており、もはや珍しいことではない。
ただ、お正月の「お節料理」が本来の姿からかなり掛け離れた形の「豪華宴会的保存食」として、本来の意味を置き去りにしたまま、新たな日本の伝統として定着しつつあるのはいかがなものか、と新年早々の老婆心である。
ひと昔かふた昔前までは、豆に真っ黒になるまで働くようにと「黒豆」、めでたい新年を祝う「紅白」の蒲鉾、子孫繁栄を願って「数の子」、喜ぶに掛けて「こぶ巻」など、新年らしく験を担ぐものを重箱に詰めていた。もちろん、今もそうした伝統的なお節料理の数は多いが、実は、ここにもいささかの疑問があるのが本当のところだ。
もっともらしく伝えられているのは、お節料理の内容は、これらの縁起担ぎの他に、「お正月は主婦も楽ができるように、保存の効くものばかりを濃い目の味付けで」とのもう一つの側面だ。確かに、それは一面の事実であることは否定しない。しかし、その裏側ある本来の「お正月」の意味を、今、きちんと考え直しておく必要もあろうかと思う。
本来、「正月」とは、その年の「歳神」(としがみ)をお迎えする、庶民にとっても一年で最も重要な行事なのだ。そのために、暮れには忙しい思いをして大掃除をし、一年の汚れや穢れを落とす。「お節料理」も、まずは元日にお越しになる「歳神」様にお供えし、その「お下がり」を我々が無事に訪れた新年の喜びと共にいただくのだ。
「歳神」とは毎年、正月に各家にやってくる神様のことで、地方によっては「恵方神(えほうしん)」、「年殿(としどの)」など、さまざまな言い方がある。「恵方」とは周知の通り、その年に縁起が良いと決められる方角で、「恵方巻」はともかく、平安時代の「陰陽師」華やかなりし時代からある言葉だ。
こうした、本来のお正月の主役であるべき「神」に関する考えが、一連の行事からごっそり抜けているのが現状だ。「日本は神の国だ」とまでは言わないが、我々は、「土着的」とも言えるほどに、神々と身近に暮らしている。お正月の習慣で残っているのはせいぜい「初詣」ぐらいなものだ。それも、僅かなお賽銭を放り投げ、「家内安全」「昇進したい」「給料を上げろ」「出会いがほしい」「成績が上がりますように」、挙句の果てには「今年こそ宝くじ大当たりを」と、欲の限りを押し付けて帰ってくる。海外の人には理解のできない感覚だろう。日本人と「神仏」については、また、改めて述べる機会もあろう。
お正月を迎えるに当たり、マンションでも玄関に「門松」を立てる家はある。この門松の「松」は、神様が降りてくる時の目印なのだ。古来より「松」は神が降臨する樹木とされている。室町時代に起きた芸能「能楽」が演じられる能楽堂の背景には、必ず大きな「松」が描かれている。これは単なる背景ではなく、「影向(ようごう)の松」という、神を迎える「依り代」の意味を持つ。本来、芸能は見えない「神」に捧げることに端を発し、そこに観客がいるのだ。
こうした、本来の「お正月」の意味を知った上であれば、海外旅行も豪華おせちも構わないだろう。しかし、その本質を踏まえているのといないのでは大きく違う。もっと怖いのは、勘違いされたままに何の疑いもなく、次の世代へと伝承されてしまうことだ。実は、日本の伝統や文化にはこうしたものが少なくない。明らかな意図のもとに考え方を変え、多くの人が知っているのであればまだしも、世の中の流れの中で知らぬ間に変わっているのが一番恐ろしい。
新年早々ケチを付けるようで恐縮だが、どうか皆さん、仕事始めの「年頭の辞」で、改めて社員の方々に日本人として「お正月」の意味を再度考えてもらうことも、あながちムダとは言えないのではないか。
どうぞ、よき一年でありますように心よりお祈り申し上げます。