其の四
我慢できるうちは負けてよし
企業は常に競争にさらされています。うちの会社は競争とは無縁だと言う会社もありますが、永遠ではありませんし、もしかしたら裸の王様なのかもしれません。
相手はひそかに研究をしているものです。
たとえ、自分が競争を好まないとしても、相手が仕掛けてきたら、それに対して、何かしらの対抗策を取らなければ敗北してしまいます。
競争は勝つか負けるかです。
しかし、どちらともいえない状況も、実は存在します。勝っているようで勝っていない。しかし、負けてはいない。そのような状態です。
綱引きで言うと、縄の真ん中にある旗が、ちょうど、真ん中にある状態です。この状態が長く続きますと、消耗戦となり、最後は体力勝負になります。
ここでは、一度は負けておいて体力を温存し、あとで挽回する戦略も必要です。
損益は、良い時と悪い時がつきものです。去年は競合よりも勝っていたが今年は逆転されてしまったことはよくあります。
これは、損益の話です。損益では負けることはあります。しかし、損益は、短期間に回復しうることは多くの企業が経験しています。
しかし、ある時、どうしても勝てないときがやってきます。綱引きの話でも出ましたが、体力がなくなってしまうと、いくら勝負をかけても力が出てこないのです。
会社で言いますと、体力がバランスシートになります。体力があれば、相手の動きを静観する余裕も出て、我慢ができます。
柔道の試合を見ていますと、重量級の試合は、軽量級に比べて、なんだか動きが止まっているように見えます。
重量級ですから、力は半端ではありません。そんなことはお互い知っていることです。ですから、相手を静観して出方を見ているのです。
我慢の時間です。しかし、あまりにも長く続きますと、審判から、「待て!」となり、指導を受けることになります。
ぎりぎりまで待てる肉体的な体力と精神的な力が必要になるのでしょう。
この力がなければ、最初から負けたも同然になります。
我慢が出来るかどうかは、体力次第、つまりバランスシート次第なのです。
バランスシートで負けるとは、例えば、現金預金が枯渇する・・・債務超過になる・・・売却できる資産がない・・・ことを言います。
こうなりますと、損益にも悪影響が出てくるため、もはや、V字回復は困難になります。
売上が減少したからといって、闇雲に、何が何でも売上を上げようとすれば、余計に経費がかかることは、経営者であれば、経験で分かっています。
しかし、わかっていながらも、また、同じことを繰り返すのも経営者です。そしてますますバランスシートは悪化していきます。
また、このような状態は、経営者に、不正に走らせるキッカケをつくることになります。
上場会社は2期連続債務超過になりますと、形式的に、上場廃止の要件を満たしてしまいます。もちろん上場廃止になっても会社は存続しますが、創業者は、上場廃止を何が何でも回避しようとします。
非上場会社に比べ、上場会社は、社会的な信用も出てくる為、比較的、資金も集まりますし、様々な人も集まります。良いひとも、悪い人も・・・
そのため、たとえ、1期債務超過になっても何とかなると楽観視する創業者が多いのです。
そうしていくうちに半期が過ぎていき、経営者に焦りが出てきます。
あとは、債務超過解消のために、絵に描いたような行動をします。増資を計画し債務超過を回避したり、多くの人の助けを借りて売上をつくろうとあれこれ画策します。
しかし、このような状況では、いくら上場会社でも増資を引き受ける相手は見つからず、見つかっても、上場会社の「箱」が必要な輩が、資金もないのに増資の引受をして、結局、払い込みが出来なかったということもあります。
増資に失敗しますと、債務超過回避のために必要なことは、売上と利益の計上になります。そして、架空売上等の不正の土壌が出来上がっていきます。
上場したという事実が、適切な行動を阻止していくのです。そして我慢が出来なくなっていきます。
本当に、社会性があり、存在価値のある事業であれば、上場したほうがいいこともあるでしょう。
しかし、単に、金目当て、自分の見栄のために上場してしまった場合の結末はひどいものです。
IT長者という言葉自体、懐かしく思いますが、IPO等で一夜にして億万長者になった人は、今、どうしているのでしょうか。
数億の金融資産は当たり前。中には数十億円もの金融資産を有していた二、三十代の人もいました。意外に思われるかもしれませんが、私が知っている人の大半が、借金で苦しんでいます。
M&Aが生きがいと話をしていた人。投資やM&Aがその人に合った儲かる仕組みでなく、それをしている自分に酔っている感じでした。宇宙へお金を投じると話している人もいました。
ほとんどが、今は身を潜めています。
ITバブル崩壊後、実体のない上場会社が何社か誕生し、中には、数億円程度で買い取ることが可能な上場会社もあったほどです。
私たちは、そのような実体のない上場会社を「箱」と呼んでいました。
「箱」を購入し、その「箱」を活用して、さらに資金調達を行うことを目論んでいた人もいました。
そう言えば20年前のバブルの時もそうでした。20代の若者が不動産のことを全て知り尽くしたかのように営業をし、多額の報酬を得ていました。年収数千万円の若者もざらでした。
バブル崩壊後、彼らのほとんどが、稼いだお金を失ったばかりか、多額の借金をしていたため、さすがに不思議に思い聞いてみますと、収入は銀座や高級車などに湯水のように使い、しかも、それでは足らず、借金して不動産なども購入していたと言います。そのさなかのバブルの崩壊。借金しか残らなくなるのは当然です。
儲かる仕組みを持たない、場当たり的な行動の行く末なのでしょう。