後継者が離婚してしまったときの株式の分配はどうなる?
愛知社長の息子が結婚をすることになりました。愛知社長は後継者の息子に自身の株式を渡していこうと考えていますが、息子が離婚した場合に株式がどうなってしまうのか気になり、賛多弁護士のもとを訪れました。
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愛知社長:当社は業績も好調で、ゆくゆくは息子で専務の隆士に当社を継がせようと考えています。当社の株式の8割は私が保有しており、残りの2割は隆士が保有しています。今後、折を見て、私の株式を有償又は無償で隆士に移していくつもりです。ところで、隆士が最近、婚約者の岡静さんという方を連れてきて、結婚をすると報告してきました。
賛多弁護士:それは、おめでとうございます。
愛知社長:ありがとうございます。父親としては嬉しい限りです。ただ、経営者としては、少々心配なこともあります。2人が結婚をする前から、不謹慎かもしれませんが、もし隆士と岡静さんがその後、離婚をした場合、隆士の持っている当社の株式は、どうなるのでしょうか。
賛多弁護士:夫婦が離婚をした場合、「財産分与」が問題となります。これは、ざっくりというと、夫婦の手元にある財産を足し合わせてこれを半分ずつに分ける、というものです。半分でないこともありますが、通常は半分です。ただ、夫婦の手元にある財産とはいっても、夫婦の一方が婚姻前から保有していた財産は財産分与の対象にはなりません。そのため、隆士さんが婚姻前から保有している御社の株式の2割は財産分与の対象にはなりません。
愛知社長:なるほど。逆にいうと、婚姻後に取得した株式は財産分与の対象になってしまうということですか。
賛多弁護士:いえ、婚姻後であっても贈与や相続によって取得した財産は財産分与の対象にはなりません。たとえば、愛知社長が隆士さんに無償で譲渡した株式は財産分与の対象にはなりません。注意が必要なのは、隆士さんが愛知社長から有償で株式を買い取った場合です。
愛知社長:どういうことでしょうか。
賛多弁護士:婚姻後に夫婦が稼いだお金は財産分与の対象になります。そのため、婚姻後に隆士さんが御社から支給を受けた給与は財産分与の対象になります。この給与を使って、隆士さんが愛知社長から株式を買い取った場合、その株式は財産分与の対象になります。婚姻後に支給を受けた給与は財産分与の対象ですから、それが株式に変わったとしても、財産分与の対象であることに変わりはない、ということです。
愛知社長:なるほど、そうすると、隆士が婚姻前から持っていたお金で私から株式を買い取った場合には、財産分与の対象にはならない、ということでしょうか。
賛多弁護士:確かに、理論的にはそうなります。ただ、隆士さんが婚姻前から持っていたお金だけで、愛知社長から株式を買い取れるかは、その時の御社の株式の価値にもよります。足りなければ、婚姻後に御社から支給された給与を買取資金に加えざるを得ないでしょう。また、婚姻前のお金と婚姻後のお金を分けて管理する必要も生じますから、隆士さんにとっては不便かもしれません。
愛知社長:わかりました。株式が財産分与の対象になってしまうと、当社の株式が岡静さんに移ってしまうということになりますか。
賛多弁護士:いえ、そのような現物での分割でなければならない、ということはなく、通常、財産分与の対象となる御社の株式の時価相当額を岡静さんに支払うことで済むでしょう。
愛知社長:株式そのものは岡静さんに移転しなかったとしても、当社の株式の価値が高まっている場合には、大きな金額を支払わなければならないということですね。今後、隆士が私から株式を有償で取得する可能性もありますし、また、当社が今後、益々発展をして、株式の価値がさらに高まる可能性もあります。そのような場合に備えて、株式を財産分与の対象から確実に外す方法はないのでしょうか。
賛多弁護士:隆士さんと岡静さんが結婚する前、つまり、婚姻届を役所に提出する前に、財産分与の対象となる財産について2人で取り決めをしておけば、御社の株式を財産分与の対象から外すことが可能です。このような取り決めを含む契約書は、通常、「婚前契約書」といわれます。
愛知社長:結婚前に離婚した場合のことについて2人で契約書を取り交わすというのは、特に岡静さんにとって心理的なハードルがありそうですね。結婚をした後、少し生活が落ち着いてからそのような契約書を取り交わすというのではダメでしょうか。
賛多弁護士:残念ながら、結婚後に財産分与の対象財産について夫婦が取り決めをしたとしてもそのような契約は無効になります。
愛知社長:わかりました。そうすると、当社の株式を財産分与の対象から確実に外すためには、今、隆士さんと岡静さんにそのような契約を締結してもらうしかありませんね。隆士には耳の痛い話でしょうが、最近は離婚も珍しいことではありませんので、私から本日、伺った話を伝えてみようと思います。
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夫婦の一方が婚姻前から保有する財産や婚姻中、自己の名で得た財産(たとえば、相続や贈与で得た財産)は、「特有財産」にあたり、財産分与の対象にはなりません(民法762条1項)。他方で、夫婦が婚姻後に得た財産は、それが特有財産にあたらない限り、「当事者双方がその協力によって得た財産」として、財産分与の対象になります(民法768条3項)。そのため、後継者が婚姻後に得た株式は、その取得の仕方によっては、財産分与の対象となります。
取得の仕方を問わず、株式を財産分与の対象から外すためには、婚姻前に財産分与の方法について定めた契約書を締結する必要があります(民法755条)。このような契約書は、一般的には「婚前契約書」といわれます。
企業の経営者としては、後継者への安定した自社株の承継を行うため、後継者が離婚をした場合についても検討をする必要があるでしょう。
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 山田 重則