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国のかたち、組織のかたち(56) 米価安定をめぐる闘争②(徳川吉宗 中)

指導者たる者かくあるべし

 幕府財政の立て直しは米の増産に賭ける

 享保の改革に取り組んだ将軍吉宗を悩ませたのは、ままならぬ米価の動きだった。「米将軍」とあだ名されるほど、米価の安定に取り組んだ吉宗だが、彼の死後に、日々の米相場を書き記したメモ書きが見つかっているほどだ。

 吉宗の治世初期の課題は、窮乏に瀕した幕府財政の立て直しだった。先々代・家宣(いえのぶ)の時代以来、将軍周辺の生活は京都公家の暮らしぶりに習って奢侈(しゃし)に走り、財政を圧迫していた。財政の赤字は豪商からの借金に頼り、火の車だった。

 吉宗が取り組んだのは、まず質素倹約だ。その御触れは庶民生活にも影響を与えた。次に取り組んだのは、諸藩からの「上げ米」の徴収である。石高一万石あたり百石、つまり収量の1%を幕府の米蔵に収めさせる。その見返りに参勤交代制度を緩和して、大名にとって何かと物入りの江戸暮らし期間も一年から半年に軽減することで大名を納得させた。さらに、米の増産をはかれば財政が潤うと考えた吉宗は、離農する農民を農地にしばるために、農民の借金返済の緩和措置をとり、借金のかたに豪農、商人に農地が流れるのを食い止めた。新田開発も奨励し、新田の年貢は幕府に収めさせる。

 幕府財政再建のために涙ぐましいほどの努力を重ねる。諸政策によって米は大増産される。幕府の借金は数年で完済された。

 下がる米価が財政圧迫

 その結果起きたのが、前回触れた米価の急落だった。需要と供給の原則から言えば、当然のことが起きたのだが、幕府の勘定方には理解ができない。収入石高が増えているのに収入は減る。米価が下がって消費者である都市住民は大歓迎だ。生活は楽になる。幕府の勘定方の役人は、悪いのは米価を決めている大坂の米商人だと考えた。

 しかし吉宗の考えは違った。商人の力を利用して米価を統制する方向に動く。これも前回書いたが、それまで折あれば禁止に動いてきた米切手(手形)をめぐる債権取引を認める代わりに、幕府の思惑に合わせて米の流通量と米価を動かそうとしたのだ。大坂から江戸に入る米を、限られた御用米商人に仕切らせ、江戸、大坂での流通量を押さえ込む。それによって不足する米相場は上がり、財政の健全性は確保される。

 毎日、米相場の動きをチェックしていた奇妙な将軍は、ようやく需給と価格の仕組みを理解し相場統制を実践してみせた。商人にとっても幕府お墨付きで暴利を得ることになる。

 凶作で反騰する米価

 江戸市民にとっては、大いに迷惑だが、米相場は落ち着きを見せるかに見えた。米価が下がり、これに反して高騰する肥料、農機具代で四苦八苦していた農民も一息ついた。吉宗の米相場対策成功かと思われたのだが。

 享保17年(1732年)、全国が凶作に見舞われる。米相場は、絶望的な秋穀期からの年内まで間に、あっという間に4倍に跳ね上がった。

 人為的な米相場統制は、自然による需給関係の前に崩れ去る。大坂、江戸市中に入る米は完全に枯渇した。町人たちは町奉行所に押しかけて米価の引き下げを要求し、やがて街にあふれる貧窮者たちは、幕府ご用の米商人宅に打ち壊しをかける大混乱を招くに至る。

(この項、次回に続く)

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考資料
 『日本の歴史16 元禄時代』 児玉幸多著 中公文庫
 『日本の歴史17 町人の実力』 奈良本辰也著 中公文庫

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