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人間学・古典

第45回「100年着られる着物の凄さ」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 境目がはっきりしなくなり、極端な気候の変動現象が見られるものの、日本はまだ四季がはっきりした国で、季節ごとの味わいを目や舌、肌や衣服で感じることができる。ただ、季節の変わり目は激しさを増す一方で、近年の夏の暑さは毎年異常続きだ。「ノーネクタイ」「ノージャケット」の「クールビズ」のスタイルが定着したのは良いことだ。

 

 こうした影響があるのかないのか、我々の日常生活から「和服」が距離を持ち出してからずいぶん経つ。最近は、古い着物をリニューアルして洋服に仕立て直す人や、若い世代でも夏には浴衣姿を見掛ける機会が増えた。とは言え、我々が一生の間に和服に袖を通すのは数えられるほどの機会に限られているのは、日本の伝統文化を考えると勿体ない話だ。

 

 「着物を着るのは面倒くさい」「窮屈で動きにくい」「高い」など、着物が普段着にならない理由はたくさんある。その一つ一つがもっともだと思う一方、たまに和服で出掛ける身から言えば、「一度覚えてしまえば楽なのに…」と思うこともある。楽に着ることに慣れてしまえば、苦しくもなければ歩きにくくもない。むしろ、現在の我々が、「いかに気を遣わずに歩いている」かが分かる。

 

 私事で恐縮だが、年越しに引っ張り出す「紬」は、昭和52年に亡くなった祖父の物だ。もちろん、そのまま着ているわけではなく、祖父の後は父、そして私とそれぞれの寸法に合わせて仕立て直し、代替わりをしてきた。恐らく80年ほど前のもので、三代にわたって着ていることになる。一着30万円の海外ブランドの高級スーツも格好いいには違いないが、不摂生が過ぎてウエストが2センチも変わろうものなら、美しいデザインのラインは崩れてしまう。また、どんなに素晴らしい生地でも、さすがに80年は着られないだろう。

 

 加えて和服の「優しさ」は、2センチや3センチ、日本で言えば「一寸」やそこらの体型の変化を、優しく吸収してくれるところだ。実を言えば、今の私にはそれが一番ありがたい。祖父が、現在の価値に直して幾らで仕立て下ろしたのかは知らないが、少し吹っ掛けて仮に100万円としても、80年で割れば安いものだ、とみみっちい計算をしたくもなる。こういう衣装は、日本が世界に誇るべきものだ。

 

 更に素晴らしいのは、仕立て直してサイズを変えられるだけではなく、特に女性の物は、年齢に応じて「染め直す」ことができる利点があることだ。仮に、20代では薄桃色を着て、30半ばを過ぎたらそれよりも濃い目の深緑などの落ち着いた色に染め直してもよい。更に年齢を重ね、より濃い茶や紫などに染めれば、一枚の着物を年代に応じて三色で着分けることができるのだ。今のように物が溢れていない時代の人々の知恵がいかに優れていたかを、袖を通す度に感じる。

 

 また、別の観点から和服の優れたところが浮かんでくる。女性の場合、「日本髪」を結っていた時代であれば髪型も加わるが、姿を一目見ただけで、今風に言えばその人の「属性」が分かることだ。もっとも、今なら「大きなお世話だ」「個人情報を曝して歩くのか」とのお叱りもありそうだ。ただ、女性であれば未婚・既婚は言うに及ばず、襟を合わせる位置により、凡その年齢もわかる。また、着ている生地により、経済状態も知ることができる。着物一枚で余計な詮索をされたのではかなわない、との声もあろうが、見ただけである程度の情報が分かれば、例えば既婚の若い女性に縁談の話を持ち出す非礼を犯さずにすむ。いわば、これは相手に対する「礼儀」であり、互いの姿かたちで事前情報をある程度把握した上で、失礼のないように会話を運ぶことができるのだ。こんな機能まで併せ持つ衣装は、世界でも例を見ないのではないか。

 

 ただ、「100円ショップ」で買う時計も、300万円の高級時計も、刻む時間は同じだ。同様に、着物に手間やお金など掛ける気にはなれない、シャツとパンツを1組5,000円前後で調達し、数をたくさん揃えて組み合わせを楽しみたいという方もいるだろう。これは個人の価値観で、良い悪いの問題でもなければ他人が入り込むことでもない。ただ、着物のさまざまな魅力や実用的な利点を知らずに過ごすのは勿体ないと思うだけのことだ。「和服」を手にすると、単なる衣装としてだけではなく、「日本の色」、「日本独自の計測法」なども見えてくる。別の機会に譲るが、今は使われていない「尺貫法」など、実に合理的なもので、感心せざるを得ない。

 

 最後に、少し視点を変えよう。昔から「伊達の薄着」と言うように、お洒落とはいささかの「辛さ」も伴って成立するものだ。私の場合は、実際よりも少し小さな寸法の足袋に足を押し込み、白足袋が皺なくぴしりとした様子が気持ち良くて好きだ。しかし、実際にはかなり窮屈で、半日も出掛けた後は、何よりもまず足袋を脱ぎたくなる。

 

 もう一つ、これはこっそりお知らせしよう。40代を過ぎ、身体の寸法が若い頃と違って来た頃に和服で出掛けると、珍しさも相まっていささか男ぶりが上がり、酒太りや運動不足を貫禄と見てもらえる「余禄」もあるのだ。

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