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人間学・古典

第20話 『絶滅危惧種の「文化」たち』

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 「文明とはマジョリティのものでる。文化とはマイノリティのものである」とは、昭和期に大きな人気を博した作家・司馬遼太郎の言葉だ。この一節は卓見で、かつては「マニア」や「オタク」と呼ばれていた少数の人々に愛でられていたものが、市民権を得て大きなブームを巻き起こしたものは例を挙げるまでもなくいくつもある。

 

 「新型コロナウイルス」の中で我々の生活形態が変わったように、時代と共に「文化」も変容、変化し、中には埋没あるいは絶滅してしまうものも少なくはない。その時代に「必要とされなくなった」と言ってしまえばそれまでだが、先人の知恵の集積の一つでもあるものを、「不要不急」の一言で片付けることをしない知恵も必要なのではないか。ただ、時代は巡るもので、かつて一度は時代から見放されたものも、新しい世代に珍しがられ、息を吹き返すケースもある。歌舞伎や落語などの伝統芸能も、こうした歴史を繰り返しながら今に至っているのだ。

 

 昨年の春から秋に掛けて、「コロナ禍」の中で感染拡大防止のために多くの劇場や人が集まる施設が閉鎖された。舞台やライブ・コンサートなどの催しに関わる人々は、表に見えるよりも遥かに人数が多い。その中で、ライブハウスは閉店に追い込まれ、舞台人たちは休業の中で転業をする人も増えた。最も哀しい出来事は、「コロナ鬱」と呼ばれる状況で自ら死を選んだ人もいたことだ。テレビなどで少なからず影響を持つ人の行為は、多くの人にショックを与えた。

 

 ごく一部の売れっ子はともかく、テレビや映像など他の仕事へスライドが不可能な古典芸能、特に歌舞伎の脇役や邦楽に関わる人々の生活の苦しさは尋常ではないと聞いた。本業再開のめどが立たぬまま、新規の需要が激増した「ウーバーイーツ」などのアルバイトで生活を支え、舞台が徐々に再開されても戻って来ない人もいる。

 

 これは「新型コロナウイルス」という突発事態に見舞われたことによって起きた短期的な事例だが、少し長い眼で考えてみよう。昭和30年代から40年代辺りまでだろうか、「花嫁修行」あるいは「女の子の嗜み」という言葉が、現代のような差別の意味を加えられずに生きていた時代には、少女の中で日本舞踊の稽古に通う者、あるいは場所によっては三味線の稽古所などが、東京の街中でもしばしば見られたものだ。それが、やがて「ピアノ」や「バレエ」、「英語のレッスン」などにその座を奪われて久しい。これは日本舞踊だけではなく、「生け花」「茶道」なども同様だろう。日本人の豊かな感性が育んで来た文化の数々が、今、「絶滅危惧種」と言ってもよいほどに危機に見舞われている。

 

 ここで例に挙げたものは、精神的、経済的、時間的な余裕がなければできないものばかりだ。コロナ禍の影響で多くの企業が大打撃を被り、今後の会社の存続や次年度の営業計画など、生活に直結する問題が山積し、リーダーたちが頭を抱えている中、「何を呑気な」とお叱りを受けるかもしれない。そういう声にはお詫びを申し上げる。

 

 しかし、一見「道楽」とも取られ兼ねない物だけではなく、精神性の「文化」もある。「武士は食わねど高楊枝」ではないが、「痩せ我慢」も日本の精神的文化の一つだ。これは武士だけではなく、日本人の国民性の中の一つの要素とも言える。

 

 自身の行動を顧みて反省するのは、最近「我慢が効かなくなった」ことだ。これを年齢や時代のせいにすることは簡単なことだが、解決にはつながらない。一世代、二世代前の人々なら顔にも出さず、腹に納めたことを、言葉や行動にしてしまう。こうした「幼児退行」にも似た精神性が、あらゆる分野で「ハラスメント」や「モンスター」を生み出していることは明らかだ。

 

 「何も花の咲かぬ日は下へ下へと根を伸ばす」との言葉通り、自分が一人想いを噛み締め、じっと我慢をする「痩せ我慢の文化」も、もはや絶滅危惧種に近い。トップやリーダーになれば余計にそうした局面は多くなる。そこで、何事もなかったように泰然自若としていられるかどうか。激しい時代の変化の中で、このエッセイを書いている私自身にも同様に問い掛けられている問題だ。

 

 一見便利な情報が溢れ、その選別に忙しく振り回されている時代の中で、時に新しい情報を遮断し、内省することも役に立つのではないか。

 

 子供の頃、電車で座りたそうな顔を見せると、「席に座れるのはお金を払っている人だ」と両親に叱られた。今、それがどう変わっているかはあえて述べないが、この些細な日常の一コマに、日本人の謙譲の美徳や遠慮という国民性が見られたのは事実だ。しかし、「遠慮をしていては人に抜かれて踏み倒されるだけだ」と時代が変わった中、「痩せ我慢」は文字通りの意味しか持たなくなってしまった。「自分だけが我慢をして何の得があるのだ」と問われてしまうと、返す言葉がない。「負けるが勝ち」の俚諺が、もはや意味を持たない時代になったのと同様だ。

 

 しかし、こうした絶滅の危機のある日本人の高度な精神性を、今の苦境に活かすすべが全くないのかどうか、一度考えてみても損をしないのではないだろうか。

 

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