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人間学・古典

第44話 「貴族の遊び『香』の世界」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 香水の発達の歴史が、ヨーロッパでは体臭の消臭などの実用目的から始まったのはつとに知られた話だ。日本でも、平安貴族の女性のように十二単の衣裳で身を包んだり、今のように手軽にシャワーを浴びたり入浴ができない時代では、必然的に「良い香り」が必要になり、時代が進めば発達もする。

 

 しかし、高価で希少な特権階級の物とは言え、生活必需品でもあった香料の使用に「遊び心」と「インテリジェンス」を加え、それを日本独特の「道」の高みに引き上げた感性は、世界に誇るべきものの一つだ。海外でも「調香師」は特殊な能力を要する職業の一つなのは周知の通りで、人間の原初の感覚である「嗅覚」を駆使し、繊細な香りを嗅ぎ分けるのは確かに立派な才能だ。

 

 『日本書紀』によれば、推古天皇3年(595)、つまりは正式な「元号」が制定される以前に淡路島に香木が流れ着いたのだという。漁師がそれを浜辺で燃やしたところ、得も言われぬ芳香が漂い、慌てて朝廷へ届けたのが日本の正史に残る「お香」の始まりだ。

 

 「お香」の世界では、香りを「嗅ぐ」とは言わずに「聞く」と言う。部首の「門構え」には多くの意味があり、その一つ「ものの生まれ出る場所」の中に「耳」という字がある。肉体全身を委ね、五感を働かせて香に浸るということだろう。作法に従い香を聞くことを「聞香(もんこう)」と呼ぶにはそのためだ。

 

 794年、平安期に入り「香」は宗教儀礼から離れて「趣味」の分野で使用されるようになり、「薫物(たきもの)合わせ」など、貴族の遊びが生まれた。以降、各種の香りを組み合わせ、同じか違うかを当てる「組香」、『源氏物語』を利用して香りの組み合わせと意匠を組み合わせた組香の「源氏香」など、より高度で複雑な遊びへと変化を遂げる。こんな言い方は失礼だが、当時の貴族は、宮廷の権謀術数のストレスだろうか、いかに「遊ぶか」に工夫を凝らすのも大きな仕事だった。その中で生まれた物の一つで、あえて複雑な手順を踏み、そこに「教養」を加えることに大きな意味を持つのは和歌と同様だ。これは後に生まれた地口だが「沈香も焚かず屁もひらず」と言う。大きなことはせぬ代わりに、そうロクな事もしないとの意味だが、まさに高価な「沈香」の香りは、貴族のような恵まれた階級の人々にとっても憂き世の現実世界を忘れさせてくれる道具だったのかもしれない。

 

 香木の中でも一般的に知られているものは「伽羅」「沈香」「白檀」などで、熱帯アジアに生えている常緑香木が分泌した樹脂を指す。「伽羅」が最上のものとされており、品質にもよるが1グラム約30,000円以上のものも多く、金やプラチナの比ではない。天然の樹脂だけに、環境の変化に伴い入手しにくくなっていることもあり、現代人にも高価な遊びだ。一方で、技術の発達により人工香料で近い香りの物や、元来香木とされているもの以外の香りも幅広く生産可能になり、「ルーム・インセンス」などのようにルールに捉われずに気軽に日常での使用が広がった。こうした広い間口から入り、元来の「香」の奥深さに至るのも、一つの方法で、決して掟破りではない。

 

 鎌倉時代になり権力の中枢が貴族から武士に変わった。しかし、それからは武士の嗜みの一つとして室町期には「香道」という遊びではなく「道」としての発達を始める。「御家(おいえ)流」「志野流」が香道の二大流派で、そこから分派した物もある。「茶道」と同様、多くの道具を細かな手順で扱う作法に、「十徳」と呼ばれる精神性が加わり、いかに香りを楽しむかを求める道は、「茶道」とも共通点が多い。

 

 独特なのは、香木の質や特徴を味覚に例えて表現することで、「辛(しん)」「甘」「酸」「鹹(かん)」「苦」と現わすことで、「鹹」とは「塩辛い」の意だ。香木の香りを「辛い」「塩辛い」あるいは「苦い」と表現するのはそぐわないようにも思うが、これこそ香りを鼻で「嗅ぐ」のではなく、五体の感覚で「聞く」行為だからこその表現だろう。

 

 今の我々は、科学技術の発達の恩恵の代償として、フルに五感を駆使する機会がどんどん減少している。星一つ見えない真の闇の中を歩くこともなければ、食べ物の賞味期限もパッケージの表示任せで自分の味覚よりも信用を置く場合がある。香りに関しては異常とも言えるほどに関心があるものの、どうも方向性が違うように感じる。洗濯物の消臭剤だけでも何十という種類があり、オーデコロンや香水の類は数え切れないだろう。自分が厭な臭いを発しているのではないか、という心配に傾きすぎ、心地よい香りを楽しむことへの興味が薄れてはいないだろうか。世の中に「無味無臭」はそうあるものではない。自らが発する香りにエチケットの意識を持つのは必要だが、過敏になる必要はないだろう。その力を、「香りを楽しむ」方向へ切り替えるのも一つの方法だ。

 

 「香を聞く」ことでリラックスすることや、日常とは違う香りに接することは第一義の効果だが、人間が本来備えている五感の衰えを取り戻すために、眼を閉じて静かに全身で香りと対峙するひと時を持つのも、忙しいビジネスマンには特別な時間となり得る。それを「無駄」「面倒」と捉えるか、「新しい気分転換」と思えるかはその人次第だ。

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